小説

イカサマG@ME 21

-チーン。 エレベーターが1Fへの到着の合図を鳴らし 空いた扉に、千佳が小さな笑みを携えたまま ゆっくりと歩を進める。 そんな千佳を追いかけるように、わたしもそこから外に出て 混乱する頭を整理しながら 千佳の歩みを止めるために叫ぶ。 「…え、ど、どう言うこと??」 千佳のちょっとしたボケなのかと最初は思った。 普段からそんなおふざけをするような子じゃないから 可能性は低いと思ってたけど… そんな疑問も 振り返ってわたしに再度告白をする千佳を見て かき消される。 「…どう言うことって?  だから、絶対わたしたちの勝ちだったってことだよ。  綾香ちゃん。」 眼鏡の裏の瞳も 口も、さっきまでと同様に微笑み続けている。 いつもの千佳…だけど、なんかおかしい。 特に…言ってることの意味が分からない…よ。 「…な、なんで?  なんでわたしたちが勝つって分かってたの?  あれホントに普通のトランプだったんだよ?」 所有者のわたしが言うんだから間違いない。 …それでも千佳は 顔に携えた笑みを自信たっぷりに保ち続ける。 「…もしかして、隙を見計らってババに細工したとか??」 …千佳がそんなことするワケない…いや 千佳にそんなことできるワケがない。 あるはずない、あるはずない…けど わたしにはそれくらいしか 千佳の言動と笑顔を説明できる理由を 思いつくことができなかった。 「…ううん、アレは普通のトランプ。 なーんにもわたししてないよ。」 当然と言った様子で、わたしの案を否定する千佳。 そうだよね…でも…… 「…じゃあ、…どうして……?」 疑問が解消されたわけじゃない。 むしろドンドンど壷にはまっていく。 そんな動揺しまくるわたしに 今度は千佳から質問が返ってくる。 「…じゃあさ綾香ちゃん、なんで  “わたしにジョーカーが見えていた”と思うの?」 …何言ってんの千佳、それは… 「だって千佳が  絶対わたしたちの勝ちだったって言うから…」 「ジョーカー見破れたって、絶対勝てるとは限らないよ。」 迷いなく続ける千佳に なんだかわたしは追い詰められていくような感覚に陥る。 …確かに、わたし…と三浦たちの考えたババ抜き必勝法 “見えるジョーカー”は 絶対に勝つと断言できるものではない。 確率はかなり低いけど 負ける可能性も少しだけ含んでいた。 …でも、今回は不幸すぎることに 両者が同じことしてたからこうなったってだけで どちらか一方が使えば、 00%勝てると言っても語弊ははないはず… …大体、それ以上の方法があるとも思えな… 「…じゃあさ、わたしが最後に作ったペアの数字  覚えてる?」 「…そ、それは……」 …何言い出すの千佳… それくらいいくら動揺してたわたしだって ……… … ……え、なんで、覚えてない。 動揺し過ぎてたから…?いや違う、そんな大切なもの… 絶対見てるし、覚えてる…はず… …え、い、いや…そうだ確かあの時千佳が……!! 「…知ってた?」 わたしの思考回路に レジスタンスを与えるように千佳が更に続け そしてすぐさま、決定的な真実を、わたしに告げてくれた。 「…あの時、最後にわたしが森から引いたのは  ジョーカーだったんだよ。」 …その言葉に、わたしは全身に鳥肌が立つのを感じた。 ジョーカーを引いた…?何言ってんの…千佳…? …って言うか、“森”って…!? 「…知ってた?」 わたしの気持ちをよそに、千佳は暴走するかのように わたしとは対照的に 終始嬉しそうに笑いながら、更に続ける。 「…森ってさ、わたしのこと好きらしいよ。」 その言葉に、わたしの背筋が確実に凍った。 それって… -あの最終決戦の瞬間を思い出す。 森くんの差し出す、2枚のカードの片方を引いた千佳は… …普段見たこともないようなテンションで、喜んでいた。 手元に集まった2枚を持ちながら …きっと誰にもそれを見られないようにしながら…。 そして対する森くんのあの、諦めたような微笑み。 …あれは負けを認めた笑いじゃなくて …想いを寄せる千佳からの 暗黙の要求の承諾を意味していた…ってこ……!? 「…男を制すものが、ババ抜きを制すのよ。」 極めつけと言わんばかりに、わたしにそう吐き捨てる千佳。 …まるで、ウブなわたしをあざ笑うかのように… そう、言ってのけた。 誰かに対する慈愛の念など 1mmも感じることのできない… 冷酷極まりない、決め台詞だった。 …頭が、痛い…… 目の前で繰り広げられ続ける千佳の告白と言動に わたしはもうどうしていいか分からなくて もうなんだか、泣きそう…なんだけ…ど…… そんな、茫然自失で固まるわたしに 千佳は言いたいことが全て言い終わったかのように マンションの外へと通じるドアへと向かい、歩き出す。 …何か声をかけるべき…?まだ千佳を止めるべき…? …でも何て…? 嘘だよね?って…冗談だよねって問いただす? 単なる千佳の 千佳らしからぬ悪女っぽい演技なんだよねって? 訊いてみる……? …そうだよ、そうだよね、きっとそうに違いないよ。 そうに決まってる。 …もう、千佳急に変なこと思いつくんだから…やだなぁ。 もういいよ…充分驚かされたからさ…。 「ち…」 「可愛かったね。」 最後の勇気を振り絞って 真実を突き止めようとしたわたしの台詞が わたしに背を向けたまま 目の前で立ち止まった千佳のそれに 見事に上書きをされる。 ドキンと大きく心臓が揺れた数秒後… 千佳がたじろぐわたしの方にゆっくりと振り返る。 左手で、何故か眼鏡を外しながら 右手の人差し指で 右耳にかかった髪の毛をかき上げながら… そして、変わることのない余裕の微笑みを続けたまま わたしの目を見つめて、こう…言い放った。 「おちんちん。」 …目の前の世界が、千佳を含めたその世界が 一瞬真っ白になり、めまいを起こして倒れそうになる。 …どんなにエッチな光景を目の当たりにしても どんなに三浦の全てを知ってしまったとしても 絶対に…心の中ですら わたしが言うことの出来なかった言葉… おち……、い、言えるワケ…ない…よ……。 …その言葉を、何の恥じらいも、何の躊躇いもなく わたしの目の前で、サラリと言ってのけた千佳。 大好きな友達の千佳… おしとやかで優しい…はずの千佳… わたしの世界が…崩れていく…。 体が0になり、呆然とするわたし。 …そんなわたしに構うこともなく 再び前を向き、歩き出す千佳。 振り向き直す最後の最後の瞬間まで 不敵で…不気味な笑みをこぼしたままだった。 …その背中を見ながら わたしは半ば薄れゆきそうな意識の中で 自分の用意したイカサマジョーカーを、思い出していた。 不敵に笑う、勝利の天使…勝利の笑顔。 その笑顔と、目の前で小さくなっていく千佳を 無意識の内に被せていて… …いや違う、そんなモンじゃない。 天使なんて…可愛いモンじゃない。 こんなこと言いたくない…信じたくない…けど… 嬉しそうに笑う千佳の顔…その笑顔がわたしにはまるで… 小さな…、悪魔に見えた。
- おしまい -
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