小説

夏の大三角 12

『しばしのお別れ』

「…よし。」 「…どうだった?」 「バッチリだよ。」 笑顔で千沙に応える和哉。 今日の宿題も、和哉作成の模擬テストも ケアレスミスを除けば、ほぼ完璧に解けた千沙。 この夏の成果が出ている、と言わざるを得ない。 「もう俺の教えられることなんて  ないかもしれないなぁ~。」 「…そ、そんなことないよ~。」 女の子らしく、顔を赤らめ照れる千沙。 実際あの頃の自分より確実に良くできている… 和哉にはその確信があったが ちょっとしたプライドが邪魔し、口には出さなかった。 それでも事実、和哉が教えることはもう何もない。 …と言うか教えることができない。 今日は、和哉の夏休み特別授業の最終日だった。 「あとはいかにこの知識を維持できるかだね。」 「…うん。」 「後約半年間…頑張れる、よね?」 「……うん。」 授業の終わりが近づき 急に声のトーンが低くなり始める千沙。 次和哉に逢えるのは、受験後だろうか… 流石にお正月あたりには顔を見せに来てくれるかな… どちらにしても、長いこと逢えなくなるのに違いはない。 寂しいなぁ…、千沙は1人思う。 「…ん、あれ?」 「…な、なに?」 ふと何かに気づいたように、和哉が声を漏らす。 「…あ、いや…石が。」 視線を向けた先には、ポッカリ空いた机の上の空間。 以前からアルミの箱が置かれていたはずの場所だ。 「あー、それ、持ってかれちゃった。」 「…誰に?」 「え、んと、その~、いつも石持ってきてた子に。」 「…あ、あぁ…、陸くん…だったっけ?」 「よく覚えてるね、さすが和兄。」 「…いやいや。」 和哉にとっては、石が増えていくのを確認するのも 1つの仕事のような、ある種の義務のように感じていた。 「…でも、なんでまた。」 「ん~なんかね、わたしにも良く分かんないの。  丸い石集めるだけ集めて、わたしの部屋にためていって  7つ目…だっけかな?この前また持ってきたときに  『これ持ってくぞ。』って箱ごと。  結局倉庫みたいにされてただけみたい。」 「ふーん…。」 「変な奴でしょ。」 「…うん、まぁ。」 7つ集めると願いが叶う。 陸はそれをきっと本気で信じていて でもそれを、千沙に言ったりはまるでしていない。 その石を持って帰ってしまった…これは一体。 バカバカしくなってしまった…? …いや 7つ集めると…、ドラゴンが出てくると言っていた。 某国民的漫画にインスパイアされたがごとく。 …なるほど、この辺でドラゴンを呼べる場所と言えば… 「…和兄?」 「…ぉお!?」 「…どしたの?ボーっとしてる。」 「あ、ホントに…、いやいやゴメン。ちょっと寝不足で。」 「そなんだ。」 ついついあの少年のことを考えると 和哉は頭がそれ以外働かなくなってしまう傾向にある。 「とりあえず、これで夏の授業は終わり。お疲れ様。」 「…うん、ありがとう…ございました。」 「いえいえ、こちらこそ。  いい生徒に恵まれました。」 笑顔の和哉に浮かない表情の千沙。 その理由を和哉は十二分に理解できてはいたが これも口にしたりはしなかった。 「あの…約束。」 「…大丈夫、ちゃんと覚えてるから。  まぁ、受かったら、だけどね。」 「…が、頑張るもんっ!!!」 一緒にお風呂。受験日までの、千沙の電池だ。 「…でも、ここ凄くいいところだよね。」 「…え?なんで?」 急に話題を変える和哉。 千沙とお風呂に関して、実際あまり興味がないのだろう。 「帰りに…暗くなった頃にさ。  空見ると、星が凄い綺麗だった。  都会じゃ絶対にあんな星空見れないよ。」 「…そ、そなんだ。  でもわたしも、空見上げるの凄い好きだよ。  お風呂から見る星空とかホント最高なんだから!」 少し照れながらそう言う千沙。密かにアピール。 「いいな~、羨ましいよ、ホントに。  今だと…、やっぱりアレが綺麗だよね、えっと…」 『夏の大三角。』 2人の声が見事に被り、思わず吹き出す2人。 「ここの窓からも見えるんだよ、凄い綺麗に。  こうやってね、窓の上から三角形をなぞるの。  ベガ、デネブ、…アルタイル…って。」 「なるほど。  それで、ベガ…織姫様を  自分に投影してみたりしてるんでしょ。」 「…!!な、なんで分かるの…!?」 「女の子って、そういうこと好きだからね。」 「…うん。  …でね、遠いところに住むアルタイル…彦星様を  織姫様は健気に想い続けるの。  …う~、切ない。」 「…ふふ。」 「…な、なんで笑うのぉ!?」 「いやいやごめんごめん。  女の子っぽいなぁ~、と思って。」 「何それ~!!」 膨れ顔を赤く染め、和哉を見る千沙。 和兄がアルタイルなのに、そんなことは決して言えない。 「…じゃあさ。デネブは?」 「え?」 「デネブ。  ベガが千沙ちゃんで  アルタイル…は聞かないであげるとして  デネブは一体誰に投影してるの?」 「デネブ…、デネブは誰でもいいんだけど  …あいつかな、陸。あの丸い石の男の子。」 「なるほどね、…あの子がデネブね。  …理由は?」 「理由は…なんとなく。  …だ、だってデネブって特に○○様とかの愛称ないし  ただ三角形を作るためだけに光る星って感じだし…  特に理由はないよ。  なんなら、今そこに歩いてるお爺さんでも  物語的には問題ない気がするし。」 「…それ聞いたら陸くん悲しむぞ~。」 「えーなんでー!?  …って言うか確か前、陸に 『あんたはデネブ』って言った気がするけど…」 「あらら、そうなの。」 陸の話になると、和哉は急に真剣になる。 千沙は以前からそれを不思議に思っていたりした。 「物語の主人公は織姫と彦星。  でもそれじゃあデネブが可哀そうじゃない?」 「…んー、でも、実際デネブには何もないんだし。」 「でも、逆だって考えられない?  もしかしたら、デネブが物語の主人公かもしれない。」 「えー?何それ。」 「…じゃあ最後に、次までの宿題を1つ。」 「え?」 人差し指を立ててみせ、千沙を見つめる和哉。 「…夏の大三角における、デネブの役割を答えなさい。」 「えー!?そんなの受験に出るのー??」 「出ないよ、これは千沙ちゃん用のオマケ問題。  答えはないよ。ただ、オレがその答えを評価するけどね。  想像力を試す問題…とでもしておこうか。」 …次までのって、次っていつ? 千沙はそれを聞くことができない。 「家庭教師としてやってきてるオレが言うのも  なんだけどさ。  勉強ばっかりじゃ疲れちゃうでしょ。  たまには息抜きもしなきゃ。思いっきり遊ぶとかさ。  あと半年で、ここを出て行くんだから。」 「…ま、まだ決まったわけじゃないよ。」 「んまぁそうだけどさ。  ここでの生活の最後の思い出が受験勉強三昧なんて  ちょっと悲しすぎると思って。」 「…う、うん。」 「それが  さっきの問題のヒントになるかもしれないしね。」 「そ、そうなの?」 「かも、だけどね。」 「え~、なんか難しいよ~。」 「ま、オマケだから。気楽にね。」 「…うん、分かった。」 変な和兄…、最後がよく分からないやり取りで 雰囲気台無し~、と思いながらも 結局は和哉との2人の時間に 終始ドキドキ、そして満足している千沙がいた。 「…じゃね、オレ帰るよ。」 「う、うん!いろいろありがとうございました!」 「はい、幸運を祈る。」 そう言って千沙の頭を撫で、部屋から出て聞く和哉。 自分の胸の高鳴りと、遠くへ行く和哉を 千沙は2つの星に、重ね合わせていた。
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