小説

夏の大三角 6

『悩み事』

臨時の家庭教師を終え いつものように河原に足を運ぶ和哉。 道路沿いに河原を眺めていると さほど苦労することもなく、目標を見つける。 いたいた… そこを目掛けて、ゆっくりと河原へ下りていく。 「よぉ。」 そう声をかけながら、その少年の横に腰をおろす和哉。 1週間前にこの河原で出会った 丸い石探し少年だ。 前とは違い、石を探している様子はなく 腰をおろし 目の前の川をボーっと見つめているようだった。 声に気づき、和哉の方を向く少年。 「……」 「よ。」 「…アンタ誰。」 おいおい。 「それは酷いんじゃないか?  もう忘れちまったのか?」 和哉の問いかけに 細い目を閉じて数秒間思考。 すぐにゆっくりと目を開け 「…あぁ、この前の兄ちゃんか。」 そう小さく呟くと 全く興味無さそうに、再び川に視線を移した。 生き疲れたおっさんみたいだな…。 「もう石探しは終わったのか?」 依然ボーっとしたままの少年に 和哉は果敢に声を掛けてみる。 「…あぁ、これ?」 そう言ってポケットから取り出したのは またもやよく見つけたと唸るような、見事な丸い石。 「おぉ、見事だな。」 「…そりゃどうも。」 …オヤジくせぇなおい。 「…なんだ?なんか悩み事でもあるのか?」 その言葉に、ちょっとだけ目を見開いて 和哉の方を見つめる少年。 そして何かを思い出したかのような顔になったかと思うと すぐさま視線を逸らしてしまい 顔を自分の膝にうずめるような体勢になる。 …どうやら、悩みがあるようだ。 「なんだ、まだ小さいのに悩みなんか持ってんのか。  俺でよかったら悩み聞いてやるぞ。」 和哉のその言葉にも じっとうずくまったままの少年。 シカトかよ…、そう和哉が思ったとき 重い口を開くように、その体勢のまま 少年が喋り始める。 「…兄ちゃん、ちんちん見られたことある?」 「え?」 予想外の質問返しとその内容に、顔をしかめる和哉。 「だ、だからぁ…、ちんちん。  見られたこと…あるか?」 「…そりゃあ、ちんちんくらい  見られたことあるさ。」 …誰だって生まれたその瞬間に いろんな人に見られちまうだろうさ。 「いやそうじゃなくて…  お、女に…見られたことある?」 「女?」 「うん…」 「母さんとかにならあるだろうけど…」 「そう言うんじゃなくて…!!  その…同じクラスの女子とか…」 「…それは、ないかな。」 …そんな趣味、俺にはないしな。 和哉の返事に、再び黙りこくる男の子。 …ははーん、なるほど。 「なんだ、女の子にちんちん見られたのか?」 その問いかけに、更に黙りこくる。 どうやら、ビンゴらしい。 …なるほど、あの子だな。 「…ったく、女の子にちんちん見られたくらいで  そうなに悩んでんじゃねーよ。」 その和哉の訴えに、顔を上げ 和哉に再び視線を向ける少年。 その顔は、思い出してしまったのか 真っ赤に染まっていて、何故か目も 二重になっている。 「見られたくらいってなんだよ!!  女にちんちんモロに見られたんだぞ!?  大事件…だろ…!!」 感情的にそう言い終わると 更に恥ずかしそうに額に汗を浮かべ 和哉から視線をずらしたかと思うと そこら辺に転がっていた石を無造作に拾い それを川目掛けて思い切り投げる。 …なるほどね。 「まぁ確かに  その子が好きな女の子だったら  大事件かもしれないな。」 「…だろ。大事件…なんだ…。」 よほど恥ずかしかったんだろう。 そう言う少年の横顔は 今さっき見られてきたかと思ってしまうくらいに 紅潮していた。 …と 「…べ、別に!!  あんな奴好きでもなんでもねぇ!!!」 ようやく気づいたのか もう弁解の余地もないことを弁解してくる少年。 「はいはい。」 笑顔でそれを受け流す和哉。 …なるほど、大好きなんだな。 「…で?  その女の子はなんて言ってたんだ?」 「…なんてって?」 「だから、君のちんちん見て  その子なんて言ってたんだよ。  まさか何も反応がなかったわけはないだろ。」 「……。」 再び無言になる少年。 思い出しているのか…いや そんな大事件、思い出すこともなく覚えているだろう。 黙秘権を使う必要もないと思ったか 静かにそれを明かす。 「…可愛いって。」 「え?」 「可愛いって…言われた。」 川の向こう岸の方を見つめながら そう呟く少年。 「…ぷ。」 「…!!わ、笑うなぁ!!!」 「す、すまんすまん!!  なんで、いいじゃんか。  可愛いって、ある意味褒め言葉だぞ。」 「褒め言葉じゃない!!!」 「…じゃー、なんて言ってほしかったんだ?」 「そ、それは…」 少し考えるかのようにジーっと和哉を見つめ 何オレ照れてるんだと恥ずかしくなったのか 視線を即座に逸らし 「…知らん。とにかく、可愛いはなしだ。」 二重の目を細くして、そう小さく呟く。 …子供心は、複雑なんだな。 しばしの沈黙。 日も落ち始め、辺りが暗くなってきた頃。 「…で、どうするんだ?」 少年にそう問いかける和哉。 「…どうするって?」 ようやく収まり始めた赤を上げ 和哉を見つめる少年。 「だって、その石。  この後その女の子に渡しにいくんだろ?」 「…!!  な、なんで分かるんだ??」 …あ、そうか。これはおかしいな…。 「い、いや。  ポケットに石入ってて今の話聞いたら  大体予想はつくって。」 「…凄いな、兄ちゃん。」 尊敬の眼差しなのか 未だに疑いの眼差しなのか 暗さのせいか分からない。 「はっきり言おう。  そんな状態で今その子に会いにいったら  確実に嫌われるぞ。」 「な、なんで??」 急に熱心に聞きはじめる少年。 「女の子は、恥ずかしがる男が嫌いだからな。」 「…そ、そうなのか。」 「ちんちん見られてから、まだ1回も会ってないんだろ?」 「…うん。」 「なら答えは1つ。  何事もなかったかのように、振舞えばいいんだよ。」 「何事もなかったかのように?」 「そ。見られる前みたいに。  いつも通りに会ってくればいい。」 「いつも通り…いつも通りって、どんなだ?」 「そんなん、俺が知るわけねぇだろ。」 和哉の切り返しに、頭を抱えて その“いつも”を思い出そうとする少年。 きっと彼にとっては、本当に究極の悩みの種なんだろう。 「ちんちん見られたのに、いつもと変わらず  堂々と振舞う男…。  どうだ?なんかカッコ良くないか?」 「…うん、…カッコ良い…かも。」 「よし、できるな?」 「……頑張って、…みる。」 相変わらずの赤い顔だが その横顔からは確かな決意を見て取ることが出来る。 「…オレ、行ってくるよ。」 「お、そうか。」 「うん、なんか良く分かんないけど  兄ちゃん意外といい奴だったんだな。」 解決策が見出せたのか、ひょい、と立ち上がり 急に元気になったかのように和哉を見下ろす少年。 「んじゃまた!!」 そう言って意気揚々に駆けていく。 「おう、頑張ってこいよ!」 和哉がそう言葉をかけた頃には、その少年はもう 眼鏡を外せば見えなくなるような距離にいた。 危なっかしいTシャツに短パンの後ろ姿を 和哉は見えなくなるまで見送った。 ってか、んじゃまた!!って …んまぁ、来週もまたここに来れば あいつはまたここにいるんだろうけどな。 …にしてもあいつ 丸い石集めて、一体何を祈るんだろう。 あの子のためを思うのか…それとも… …とにかく 「…頑張れ。」 空を見上げながら、そう呟く和哉。 何故、デネブを見つめながらそう呟いたのか 和哉には分からなかった。
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