小説

夏の大三角 8

『熱い視線』

-シュッ、シュッシュッ。 千沙が今さっき解いた 模擬テストの答案に目をやりながら それに手馴れた手つきで朱入れをしていく和哉。 そんな和哉の姿を見つめる千沙… いや、千沙が見つめているのは和哉の顔ではなく 和哉の… 「…ん?」 横目に映る千沙の視線の異変に気づき 思わず手を止める和哉。 「…ぁへ!?」 恥ずかしすぎる奇声を発しながら 顔を上げる千沙。 「どうかした?」 「え?な、なんで?」 「ん、いや、なんかボーっとしてたから。」 「そ、そんなことないよ!!はは…」 熱くなった顔をパンパンと叩き 邪念を振り払おうとする千沙。 -1週間前、決死の思いで 和哉にお願いごとを申し込んだ千沙。 意外にもすんなり通った “一緒にお風呂”と言うご褒美に まだまだ先だというのに 千沙は毎日のようにそれを頭の中で想像しては ドキドキして、1人の世界に入り込んでしまっていた。 そして今日は、その和哉がすぐ隣にいる。 千沙の妄想も加速度的に膨れ上がってしまう。 それもこれも元の発端はあの子だった。 ちょっとしたハプニングで あの子のちんちんを間近で見てしまった千沙。 まだまだ幼いそれに、多少ドキドキしながらも芽生えた 可愛いと言う感情。 そして、それと同時に密かに芽生えていたのは 他の人はどうなんだろう…と言う ある意味子供っぽい、ちょっとした疑問。 その“他の人”として真っ先に頭に浮かんだのが 和哉だったのだ。 毎週千沙に勉強を教えにきてくれるとき 決まって学校の学生服を着てくる和哉。 白いワイシャツに、ベルトで押さえた黒いズボン。 その中身は一体、どうなっているんだろう…。 あの子より4つ年上の、優しいお兄ちゃん。 あの子のよりは確実に立派に違いない。 もしかしたらもう、大人のモノなのかもしれない。 逆に、あの子くらい可愛いものがついているのかも… それはそれでドキドキしてしまう。 わたし、変態なのかな…。 そんなことを想像している自分に気づくたびに 千沙は1人、部屋で赤面していた。 そして、しっかりしなきゃと気合を入れたものの その妄想は和哉の隣にいる今にも 千沙の頭の中にモクモクと膨れ上がり その妄想は、千沙の熱い視線となって和哉に向けられる。 その視線の先にあるのはもちろん… 「…ちゃん?千沙ちゃん?」 「…ぉ、ぉひぃ!?」 再び、和哉の声に奇声と共に我に帰る千沙。 「…大丈夫?やっぱりボーっとしてるよ…?」 そう言いながら、自分の股間を隠すように 服の上から自分の手を軽くそこに添える和哉。 「…ご、ごめんなさい!!ホントに…大丈夫…!!」 慌てて答える千沙。 もしかしてわたし…ずっと見てたの? …そんな疑問が千沙を襲うが、答えは簡単だった。 ずっと見ていた、間違いない。 それは千沙自身が一番に分かっている。 和兄に、気づかれた…?かも…? …き、気をつけなきゃ…!! 火照りきった体に、頭の中で鞭を打つ。 「そう?ならいいけど…。  あ、はい、丸付け終わったよ。」 「あ、ホント?どうだった…?」 「うん、悪くないよ。  ちょっと前よりは下がっちゃったけどね。」 「…え、あ、ホントだ…。」 和兄が教えに来てくれ始めてから 初めての点数の降下。 ショックを隠しきれないが その理由は千沙には明快だった。 完全に集中力に欠けていた。 和兄は何も気にしていないように笑ってくれているけど 心の底でがっかりしているかもしれない。 更なるやる気の源として和兄にした願い事なのに 点数が下がっちゃったら元も子もない。 しっかりしなきゃ… そう思うんだけど…どうしても気になっちゃう…。 「…あ、来たんだね、彼。」 「え?」 突然の和哉の切り替えに、奇声とは言わないまでも 間抜けな声で対応する千沙。 「え、あー、石、6つに増えてるから。  来たんだな~って。」 そう言って、アルミの箱を指差す和哉。 「…あぁ、うん、1週間前くらい…かな。  そうそう、1週間前に和兄が来た日に来たんだよ。  そう言えば、いつも和兄が来る日の夜に  来てる気がする。」 「へぇ…そうなんだ。  じゃあ、今日も来るのかな。」 「今日は…いや、分かんない。  …きょ、今日は来ないんじゃないかな…。」 「え、なんで?」 「いや、なんとなく…はは…」 なんとなく、ぎこちなくそう答える千沙。 実際、今日あの子は来る。 何故なら1週間前、千沙が今日来るように あの子に頼んだからだ。 「…そっかぁ、もう6つなんだ。」 相変わらず箱に目を向けながら 感慨深そうにそう呟く和哉。 「…うん、一体何処まで増えることやら。」 その千沙の言葉に、意外そうな顔をする和哉。 「…その子に聞いてないの?  何個集めるとか、何のために集めてるのかとか。」 「え?…う、うん。  なんか聞いても教えてくれないの。  ただ来て石置いてそそくさと帰ってく。  ホント、何考えてるんだかって感じだよ。」 「ふーん、なるほどね…。」 不思議な笑みを浮かべながら そう呟いて、中の丸い石を手に取る和哉。 先週もそうだったけど 和兄こんな石に凄く興味津々だな… そう千沙は思う。 「捨てたりしたら駄目だよ?」 手に持つ石を箱に戻しながら、千沙にそう言う和哉。 「え?…うん、まぁ…別に邪魔じゃないし。  …捨てはしないけど…。」 「絶対だからね。」 今度は千沙の顔を見ながら、そう言う和哉。 その顔があまりにも真剣なものだったことに 千沙は思わずたじろいでしまう。 「…わ、分かりました。」 その言葉に、和哉はいつもの笑顔に戻る。 「…さ、雑談はこれくらいにして…っと。  始めようか。」 「う、うん!」 元気よく笑顔で返事をしながら この後の時間、平常心で乗り切れるだろうか。 それに夜にはあいつも来る。 …なんだか波乱の日になりそうだな。 そんなことを、千沙は思っていた。
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