小説

テイク7 scene10

―ドンッ!!!! 「ミノル~!!!」 ………。 「……なんだよ。」 ……。 「アンタ、  わたしのビー玉ど、どどこやったのよっ!?」 ………!!…ん。 「…は、はぁ?……知らねぇし。」 ……っ。 「あ、アンタしかいないでしょ!?」 ―タタタッ。 …秒……、2秒…… 「…う、うるせーなぁ!!」 …本当のことを言うとね、もう無理だと思ってた。 海パンを脱げと言われて 涙を流してしまうくらい嫌がって でも、それでも 子役としての、…いや、俳優としてのプライドで その過酷な要求すらも受け入れて… 素直に偉いなって思った。 わたしだったら絶対無理って言うのにって思った。 でも、その後すぐに大志から 恥ずかしい、あんな強気の発言が飛んできて… ちょっとだけ、ざまぁ見ろって思った。 大志なんて、見られちゃえばいいんだ。 わたしに、全部見られちゃえばいいんだって思った。 でもそれを、その映像を頭の中で想像すると やっぱり恥ずかしくなって やっぱりちょっと同情したりもした。 1テイク目。 羞恥に押しつぶされて 浴槽から腰を上げられなかった大志。 監督からの叱咤。俯きこくる大志。 目線はずっと、水面に向けられたままだった。 2テイク目。 浴槽から腰を上げるも その大事な部分を咄嗟に隠してしまった大志。 当然のごとく、監督からの言葉は“ノ―”。 再びストップする撮影。 さらに強い言葉で大志を責める監督。 追い詰められる大志。 演技中だけわたしを見つめてくる大志の瞳は 大志ではなく、確かにミノルの瞳をしているんだけど 完全に成りきっている、と言ったら やっぱりそれは嘘になって 1人の男子、他の男の子たちとなんら変わりのない 普通の学校に通うごく一般的な小学6年生、 “神山大志”としての瞳も わたしは汲み取ることが出来てしまっていた。 その瞳は 『助けてくれ理奈…!!』と言ってるのか 『どうすりゃいいんだよ…!!』と言ってるのか わたしには見当もつかない。 ただ、そんなことを撮影中に発している時点で いつもの大志からしてみればNGなわけで。 もちろん、そんなことを演技中に思ってしまっている カズミ役としてのわたしも、わたし的には大NG。 …もう無理だなって思った。 こんな邪念だらけの空気の中で いい作品なんて出来るはずがない。 だって、今撮ってるのは カズミとミノルじゃなくて、理奈と大志だもん。 この3テイク目も一緒。 ここまでの演技もカミカミのボロボロ。 きっとこの後も 大志はさっきみたいに決心を付けられずに NGになると分かっていながら、その演技をするんだ。 無意味だよ。負の連鎖。 大志もきっと、監督が折れて 海パンを履き直させてくれるのを待ってるんだ。 何それ…、とも思うけど 実際その方が落ち着いて演技できるし お互いのためにも この場にいる全員のためにもいいと思う。 わたしが今、全力を注いでいるこの演技には 何の意味もない。 監督が諦めるのを待つ いつかのOKテイクのための単なる過程… いいんだ、…これで。 それくらいこのシーンは 大志には、…わたしにだって 少し重すぎたんだ―…。 ―ザバァァァアアンッッッ!!!! デジャブ。 さっきと同じように、見かけだけは立派な演技をする大志。 分かってるから、大志。 すぐに飛んでくるNGテイクに身を構えながら わたしの目の前で立ち上がるミノル…いや大志の姿を とりあえずと言わんばかりに目に映した…。 ……
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