小説

テイク7 scene14

「ミノル~!!!」 ―ドンッ……!!!!!! …定石。 「アンタ、わたしのビー玉どこやったのよっ!?」 …定石。 ミノル「…はぁ?…知らねぇ…し…。」 …定石…?    カズミ「アンタしかいないでしょ!?」     …定石。 ミノル「……。」 …定石。 ミノル「…うるっせーなぁ。」 …定……石。 ―ザバァァアアアアンッッッ!!!! …定石。 ―ぴょこん。 ……定…、せ、…石……。 ―ザブンッ、ザブンッッ…!! ………。 ―…ダッダッダ。 ………。 ―ぷるるるんっ。 …そ、そこじゃない…!!! それを避けるように見上げた先にあった大志の顔は …もうどうしようもないくらいに、真っ赤に 茹で上がっていた。 ある程度の"恥ずかしい"と言う感情は その人の顔を見れば大体は読み取れるし その度合いも大体は想像することが出来る。 …でも、大志の顔は、わたしの判断できるレベルを 遥かに上回ってしまっていた。 顔の全面を覆う幾多の水滴は お風呂のお湯が原因の水の滴りなのか それとも単純に止め処なく噴き出る汗なのか どちらにしても、常軌を逸した量。 今にも、蒸発してしまいそう。 鼻息がもの凄く荒い。 必死で抑えているのはひしひしと感じるけど その高速な震えを完全に制御することには 全くと言っていいほど成功していない。 鼻の穴がピクピクと わたしを笑わそうとしているのかと疑ってしまうほどに 開いて閉じての単純動作を繰り返している。 その顔に、わたしを必死に見つめるその顔に わたしはもう、懺悔の感情以外を心に芽生えさすことが 出来なくなってしまっていた。 ごめん、ごめん…、わたし、舐めてた…。 こんなに、大志がこんなに頑張ってるなんて… こんなにも頑張ってたなんて…知らなかった。 ミノルのミの字も感じることの出来ない大志のその目。 それでも、決して涙玉が零れ落ちることない。 何個、何十個と全力で抑えているものの1つに 涙と言う項目が該当しているのだろう。 頑張る、…必死に頑張る大志のその姿、プロ根性に わたしは感動、もらい泣きしてしまいそうになる。 でも、ここで泣いたりしたら、全てがまたリセット。 頑張れ…、頑張れ大志…!! 至近距離で見つめ合いながら、わたしは必死に応援する。 1人の子役仲間として、…たった1人の姉として… 頑張れ…、うっ……んぐっ…。 頑張れ…!…た、大志……!! ミノル「…こ、これのことかよ?」 (―嬉しそうに、子供らしい弟らしい満面の笑みで。) ポッと作られた、痛々しいほど無理のあるその笑みに 胸が締め付けられるほどに痛くなる。 それでも、次に、次に進んだ、繋がった…     わたしと大志しかいない、異質な空間。閉鎖空間。 それを打破する、ゴールへの次のステップである 大事な大事なキーワード。 搾り出すように、それでもはっきりと発せられたその台詞。 流石大志…なんて褒める間もなく わたしの左手首は、大志の右手によって 力強く握られていた。 ―ギュッ…!!! その手を顔の高さまで 丁度2人の顔の中心に来る辺りまで持ち上げる。 …痛っ。 いた…いよ……、大志………。 その明らかに男の子の力に、一瞬狼狽するも …これが大志のメッセージなんだろうと、勝手に解釈する。 …この強さは、大志の恥ずかしさに比例している。 今なら分かる、大志の恥ずかしさ。 …尋常じゃない。完全にメーターを振り切ってる。 …分かった。わたしも共有する。 一緒だよ、わたしもそれと戦う、戦うから… 行くよ、これで最後にするよ…最後に…… 次は…、次は…… この手を…… …こ、この手を……… ……!! …ふぇっ!? 「…カァァァアアッットォォオオ!!!」 爆発寸前の体に、突き刺さるようにカットがかかる。 プルプルと小刻みに震える左手首が わたしの視界の大半を捉え それが自分のものであると数秒後に気づく。 その左手ごしにぼやけるものに、ふと焦点を合わせる。 黒い2つの玉…、2つの眼…目… 完全にその目と視線がぶつかり合い、はっとする。 左手首の痛みスルルルル…と消えていき 瞬時に目の前の大志の姿が、大きな水しぶきと共に消えた。 …N……G………。 「大志ーーー!!!そんなに沈黙いらないぞー!?  ちょっとしたらすぐにその手を自分の………、に  だろー?」 そう…ですよね…。 うん、…そう、だね…。 監督の駄目出しに、誰にも顔を見られない姿勢で 無言無首肯で『分かってる。』を訴える大志。 …また、駄目だった。 …まだ…、終わらない。 「…うふふふ。」 ふと耳を霞めた、優雅な女性の笑い声。 …紛れもない、渡辺お母さんだ。 ゆっくりとそちらに視線を向けると トローンとした目つきで、嬉しそうに微笑んでいた。 お母さんが子供を見るような目ではない。 単純に、男の子の、異性の、芸能人の異性のそれを 見ることが出来てしまった、と言う 嬉し恥ずかしな喜びを表しているとしか思えないほどに 潔く、見事なまでに、エッチな視線だった。 大志、…お母さんにまで、見られちゃった…。 …ごめん。 自分のミスでもないのに、謝りながら なぜか自分のことのように恥ずかしくなってしまう。 ………。 …次。 ホントに次、次で終わらせる。 「ふぅ。」 弱々しく小さくなった大志を気持ち見つめながら わたしはゆっくりと最初の立ち位置へと戻る。 …次、次で絶対に……。 「ホントにそろそろ決めるぞ~!!!  テイク~…、6!よ~い……」 …アクション。
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