小説

テイク7 scene9

呼吸を整える間もなく 次のテイクへの指示が飛んでくる。 深呼吸する間もなく、浴室へと飛び入るわたし。 「ミノル~!!!」 半ば頭の整理もついていないまま 感覚を頼りに大志のその名を叫ぶ。 「……なんだよ。」 わたしに目を合わせたのち さっきよりも少し間を開けての大志からの応答。 カットはかからず。 「アンタ、わたしのビー玉どこやったのよっ!?」 1回目には劣るものの それなりの演技で第2声を発する。悪くはない…はず。 「…はぁ?……知らねぇし。」 またしても少し反応が遅い。 あの瞬間、あのシーンが来るのを 拒んでいるようにも感じてしまう微妙な間延び感。 周りから見たら分かるはずのない そんな変化まで感じることが出来てしまうほど 今のわたしは敏感であるみたい。 「アンタしかいないでしょ!?」 そうだよ。アンタしかいないんだよ。 わたしのビー玉を失くしたのも そのビー玉を、実は2つも持っているのも あんな、あんな恥ずかしい演技が出来るのも アンタしかいないんだよ…!! 確実にさっきより弱った演技をする 大志の役者魂を鼓舞するように そのセリフにそう念を込めて投げかける。 …1秒… 「……。」 顔に赤を加算する大志。 確実にそれは照れのせい。 でも幸か不幸か、お風呂シーンゆえに 顔の赤は違う理由だと主張することが出来る。 ……2秒…… 「…う、うるせーなぁ!!」 指導された予定の時間間隔の2秒をしっかりと使い切り 1テイク目よりも先の演技へと突入する大志。 この後は…、もう…、あの… …あのシーンの……っ。 ―ザバァァァアアンッッッ!!!! その音と目の前の動作に 決心がついたんだな…と、わたしは悟った。 小さく起こる水しぶき。 ずっと見下ろしていた大志の顔が わたしとほぼ同じ位置まで上昇する。 目線を逸らそうかと思った。 見ないで済むのなら、それに越したことはないと思った。 …でも、そんなことしたらきっと、NGになる。 これは大志だけの演技じゃない。 大志の演技に加えて、わたしもそれに応えた演技をしないと このシーンの撮影は終わりを迎えない。 だから、見ようと思った。 ちゃんと見ようと思った。 大志に悪いとは思うけど…とか 私情をはさむのはとりあえず置いておく。 あくまでも演技として、1人の女優として 理奈として、カズミとして 大志と言う1人の俳優の誠意に ミノルと言う弟のバカげた行為に 適切な反応で応えようと思った。 水しぶきが徐々に収まっていく。 大志の体を伝って湯船へと滴っていく水。 逃げちゃ駄目だ、逃げちゃ駄目…。 強く念じて、視線を下へと下ろしていった… …… …。 ……へ。 視界に映るのは大志。もちろん大志。 裸の大志、すっぽんぽんの大志。 でも、それはない。 想像していた、見れると思っていたそれは わたしには見えない。 なんで?最初どうしてだか分からなかった。 でも、よく考えればそんなの簡単なことだった。 単純に、大志がミスをした。…いや 意図的に演技を、台本を塗り替えただけ。 大志は、自分のその大事な部分を 躊躇いながらも、両手で隠していた。 「カットーーーーー!!!!」 当然のごとく、そんな暴挙が認められるはずもなく 監督の大声がスタジオに響き渡り NGテイクの烙印が押されることとなった。 ―ザバァァァアアンッッッ!!!! カットの声と共に、すぐさま湯船に浸かり直す大志。 染まりきったその顔を、誰にも見られないように 視線を荒れた湯波へと向けたまま静止する。 「大志ーー!!そんなこと台本に書いてあったかぁ!?」 容赦なく駄目出しをする監督、される大志。 弱り切った体勢のまま、首だけを小さく横に振る。 「…ったく。」 困ったように、わたしたちにも聞こえるような音量で そう呟く監督。 …監督にも監督なりの考えがあるにしても これはやっぱり結構、精神的にくる…よね。 監督の攻撃はさらに続く。 「大志!!男だろ!?」 「……。」 「男ならカメラの前で  ちんちんくらい見せてみろっ!!」 「………!!」 「分かったか!?」 「……、……っ。」 「返事はぁ!?」 「……は…、い…。」 「聞こえねぇぞ~!!」 「…、はいっ…!!」 「よし、いい返事だ。  じゃーそのまま次テイク行くぞ~。  理奈ちゃんスタンバって~。」 「…あ、は、はいっ!!」 駆け足でスタート地点へと戻る。 心臓に手を当てる。止まらない。落ち着かない。 きっと撮影が終わるまで、これは収まらないんだろうな。 なんとなく、でも確信的にそう悟ったから もう、諦めた。 「よし、じゃあテイク3~。  …アクションッ!!」
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