小説

曖昧サンドイッチ 9

「ありがとうございましたー!!」 久音ヶ丘空手道場、本日の稽古終了。 残って稽古を付けてもらう生徒たちを尻目に、 そそくさと着替えを済ませる福。 この前の二の舞は、避けたいところである。 「し、失礼しまっす!!」 軽やかなフットワークで、道場をあとにする。 「ふぅ。」 安堵のため息。…と、 ―チリンチリン。 どこかで聞いた音。と、展開。 またか。 「早かったじゃん。」 愛登場。 「練習早く終わったの?」 「まぁ、そんなこと。よく分かったじゃん。」 はいはい。 「良かったねぇ福。  今日もお姉ちゃんとお風呂入れるね~。」 「はぁ!?」 「いいじゃん別に、滅多にないんだから。  んっふふ。」 ホント、自由だよな…。 「ほれっ!!」 「っ!?」 力任せに、荷物を奪われる。 それを自転車のカゴに放り、ピューーーーン。 ………。 「走れ~!!!」 「………。」 はぁ。 ―タッタッタッタ…。 素直に従う福。 「お、今日はちゃんと、  体洗ってから入ったみたいだね。」 満足そうな笑顔で、裸の愛が入ってくる。 「当然だろ。」 「ははっ、なーに。」 愛も頭と体を洗い、福の隣りにお邪魔する。 「プハァ!」 極楽極楽。 「あ、そう言えば。」 「ん?」 「この前ね、クラスのみんなに、  福とお風呂に入ったこと話したの。」 「あぁ…。」 そう言えば、姉ちゃんも喋ってくれちゃったんだったな。 舞には忠告したけど…、 ………。 …いいや。 どうせ姉ちゃんに言ったって、軽く流されそうだし。 ちょっとだけ言いかけた不満を飲み込む。 「みんな、どんな反応したと思う?」 そりゃあ… 「驚いたんじゃないの。」 「せいかーーーい!  良く分かったね、凄いじゃん。」 「いやいや。」 「私的には、かなり意外だったんだけど。」 舞といい姉ちゃんといい、 ちょっと人と感性がズレているのかな。 …まぁ、否定しないけどさ。 「みんながみんな、  恥ずかしいから無理~!!だってさ。」 「そりゃあ、ね。」 「あれ?福ももしかして恥ずかしいの?」 それは…、 「…まぁ、ちょっとは。」 いくら姉弟でも、もう小6だし、ちょっと抵抗はある。 「ふ~~~ん。」 福の返答に、なるほどなるほどと頷きながら、 意地悪にもゆっくり、視線を福のそこへと向ける。 「…な、なんだよっ。」 急に股間がこそばゆくなり、手で隠す福。 「ふふ、じょーだん。」 優しく微笑む愛。…と、 「逆に、  私の裸見てドキドキしちゃったり、とかはないの?」 そう言うと、突き出すように、 福に自分の胸を見せびらかしてみせる。 愛も自慢の、なかなか立派なおっぱいだ。 「ちょ、や、やめろっ。」 もう見慣れたけど、改めてそんなことされると、 さすがに目のやりどころに困ってしまう。 目の前でたゆむそれを、無理矢理手で視界から消す。 でも、実際、そこはやはり姉だからか、 いくら異性の裸とは言え、ドキドキしたりはさすがにしない。 …と、 「あれ?興奮しちゃってる感じ?」 弟の意外な反応に、興味深そうに訊いてくる。 え、…い、いや、 「そんなわけないだろっ。」 「えー、でもちょっと動揺してるじゃーん。  やっぱりお姉ちゃんの裸に、  ちょっと興奮しちゃってるんじゃないの~?」 「してないってっ!!」 「ほら動揺してるもーん。やだ福エッチィ!!」 「違うってっ!!!」 そんなこと、神に誓ってもない。 そんなことあったら、今後の姉弟関係に、 多少なりとも問題が出てきてしまいそうだ。 断じてない、興奮なんてしていない、…その証拠に、 ―ザバーーーーン。 その場で勢いよく立ち上がり、 姉の目の前で、自分の"正常なそれ"を、 これでどうだ、とばかりに見せつける。 滴る水、現れるそれ、確認する愛。 「ふふっ。」 この前ぶりにまじまじと見る、弟のものに、 ついつい笑いがこぼれてしまう。 ―ザバーーーーン。 自分の行為に恥ずかしくなり、すぐさま浸かり直す福。 ちょっと後悔はしたが、でも、証明はできたはずだ。 「そっかぁ、ま、やっぱり姉弟だもんね。  そんな感情起きるわけないよね。そりゃそうだよね。」 「そう言うこと。」 「私も福の見ても、  おっきくなったな~くらいにしか、思わないもんな。」 「…散々笑ってるくせに。」 「それはまた別。  だって、笑っちゃうんだもん。」 「なんだよそれ。」 失礼な姉ちゃん。 「じゃあさ、好きな子のこと想像しながら、  私の裸と照らし合わせたりしたらどう?  それって結構ドキドキするんじゃない?」 「えぇ?」 めんどくさいなもう。 「いないの?いるでしょ、好きな子くらい。」 「…そりゃあ。」 いるには、…いるけど。 「じゃあほら、やってみなさい。」 「……。」 全く、ホント自分勝手だよな。 …大体、そんなことしたって、何もなるわけないじゃんか。 …はぁ。 とか言いつつ、やっぱり姉の命令に従う福。 姉ちゃんの顔に、あいつの顔を重ね合わせて~…、 ……、…………。 …、……っ!? 急に目を見開き、顔を強張らせる福。 と同時に、自分のそれを、両手でしっかりと覆い隠す。 !? 弟の明らかな変化に、気づかないわけない、こちら姉。 これは、間違いない。 「コラッ!!お姉ちゃんに見せてみなさいっ!!」 「や、やめ、ろっ!!!」 「あれ~、さっきは自分から見せてくれたのに~。  …おかしいな~、あれれ~??」 「べ、別になんでもないっ!!」 「え~?ん~??」 何でもないわけ、ないだろう。 「こーらっ。」 「やーめろっ。」 「見せなさいっ。」 「やーめろっ!」 「んぬぬぬぬ……!!」 「やーめろっ!!!」 「ひゃっ!ゴキブリッ!!!」 「ひゃぇえっ!?!?!?」 飛び上がる福。 飛び散るしぶき、滴る滴。 …反り立つそれ。 「…わお。」 本物の福の出現に、思わず感嘆の声を漏らす。 「っ!!!」 急いで、もはや手では収まりきらないそれを、 手で隠そうとする。が、隠れない。 から、もう吹っ切れて、両手を離す。 「あーもう!!出るっ!!!」 そのまま、大袈裟に揺らしながら、浴室から出ていく福。 「ふふ。  大きくなったなぁ…、福。」 改めて実感した弟の成長に、少しだけ、愛が照れる。 「はぁ。」 さすがに、こんなところまで見られてしまっては、 いくら姉と言えど、恥ずかしくないわけがない。 けど、こればかりは、自分ではどうしようもない。 制御不能になってしまった自分のそれに、 このやろっ、と、1つデコピン。痛い。 虚しさを押し殺し、タオルでそこの水分を拭き取っていく。 当分収まりそうもない。 仕方なく、その状態のまま服を着る。 はぁ。 …なんだか最近、恥ずかしいことばっかりだ。 あれやあれやこれ、…数え上げてたらきりがないぞ。 それもこれも、元の原因を辿れば、全て、 姉ちゃんと舞に帰結する。 天真爛漫な姉と妹。 そんな2人に囲まれた、悲劇の男のストーリー。 くぅ…、泣かせるじゃねーか。 …いや、悲劇って言い方は、あれだな、良くないな。 姉ちゃんのことも、舞のことも、 別に嫌いってわけじゃないし。 …ってか、嫌いなわけないし。 弟思い、兄思いの2人に挟まれた、サンドイッチ生活。 これに文句を付けることなんて、俺には出来ない。 ………。 ……、でも、…、でも、 なんだろう、この、後味の悪さ。 いや、なんだろうなんて、誤魔化す必要、ない。 この締まりの悪さの理由は、十分過ぎるほど、分かっている。 「ふ~んふ~んふ~ん♪…」 浴室の中から、愛の鼻歌が聞こえる。 …………、 …これでいいのかな、姉ちゃん。 ………。 …なんて、答えが今ここで出るはずもなく。 疑問を振り払い、その場をあとにする福。 気づくと、すっかり萎えていた。
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