小説

アイツに催眠術

「あぁ?バッカじゃねーのー?」 「ホントだもんっ!!!」 教室にこだまする、厚川の声とわたしの声。 教室に残っているのは、わたしと厚川を含めた5人。 男子2、女子3。 それほど仲良くない、3班のメンバー。 修学旅行の資料作りのために、一緒に残って作業をしてる。 「ちょっとちょっと、何怒鳴ってるの亜紀。」 班の女の子、チーちゃんとミヨちゃんが わたしに注意して来る。 「だ、だって…!!!」 くだらない話をダーダーしながら作業をしていて ふとした弾みで特技の話になって わたしは迷わず“催眠術”って答えた。 その発言に厚川が爆笑、何言ってんだよって。 「ホントにわたし出来るんだもんっ!!」 「はいはい、嘘乙嘘乙。」 「ホントだって!!!」 「あのね厚川、亜紀ホントに催眠術できるんだよ。」 「何お前らまで  こんなチンチクリンの嘘に構ってやってんだよ。」 「ち、チンチクリンって何よっ!!!」 「チンチクリンはチンチクリンだろ。」 「厚川、言いすぎだよっ!!!」 「だって、こいつが嘘つくのが悪ぃんじゃん。」 「嘘じゃないっ!!」 「じゃー、やってみせろよ。」 「…いいよ、やってあげるよ。」 「…あーあ。」 相変わらず、馬鹿じゃねーのと言わんばかりに 嘲笑してくる厚川。 もう1人の男子の木暮くんも笑っているけど 厚川ほどじゃないからまだ許せる。 チーちゃんとミヨちゃんは、知ってるよね。 わたし見せてあげたことあるもんね。 わたし、お父さんもおじいちゃんも お母さんまでもがマジシャンの マジシャン一家だってこともあって 小さい頃にはもう、催眠術を習得してたの。 そりゃ人によるけどさ、この馬鹿厚川でしょ。 …確実にかからせる自信があるよ。 「ほら、早くかけてみろよ。」 顔を近づけてくる厚川。 むかつくっ、むかつくむかつくむかつくっ!!!! 「…いーよ、やってあげるから!」 -教室の真ん中に、椅子を2つ用意して向かい合わせる。 座るのはもちろん、わたしと厚川。 ギャラリーはチーちゃんにミヨちゃんに木暮くん。 もっと多くの人に、厚川の悔しがる姿を 見てもらいたいくらいの気分だよ、ホントに。 「ほら、早くやって見せろよな。」 「…わかってるよ!今からやるから。」 相変わらず強気な態度で口を緩ませる厚川。 腕まで組んじゃって、何様って感じ。 …絶対ギャフンと言わせてやる。 「…じゃあ、まだ誰にもやったことない  新作やるから。」 「なんでもいいよ、早くやれ。」 …むっかつくっ…!! 「…まず、わたしのこの人差し指をジーッと見て。」 「はいはい。」 厚川がわたしの指示通りに、人差し指に視線を集中させる。 なんか、ただこれだけだけど 厚川を手で転がしてる気分になって、ちょっと優越感。 「…これからわたしが3つカウントすると  あなたはたちまち、犬になってしまいます。」 わたしの発言に、人差し指を見つめたまま 大げさに吹き出してみせる厚川。 「ちょっとちゃんとやって!!」 「…へいへい。」 …見てろよ~、今に後悔させてやるんだから。 「…もう1度、指をジーッと見つめて。」 「…はいはい。」 「ジーッと…、ジーッと見つめます。  …だんだん、だんだん頭がボーっとしてきます。」 「…はいはい。」 「ボーっと、ボーっとしてきます。」 「………。」 厚川の目の前に突き付けた人差し指を 少しずつ、ゆっくりとした周期で回していく。 それを追いかけるように、厚川の視線がついてくる。 口をだらしなく開けたまま、指を回すたびに 少しずつ瞼が閉じていく様子が良く分かる。 そして、完全に厚川の目が閉じられる。 …かかった、…ってゆーか こんなにかかりやすい人、初めてなんですけど。 「3つ数えます。」 さらに続けるわたし。 「…3つ数えて目を開けたとき、あなたは犬です。  可愛い可愛いワンちゃんです。」 教室が静寂に包まれている。 見ている3人も、きっと固唾を飲んで見守っている。 よし、最後の仕上げ。 「…3、2、……1…」 ―ガクッ。 わたしの3カウントが終わるや否や おもむろに頭を重力に任せる厚川。 きっと大成功、…さて、どんなワンちゃんなのかな…? ―パンッ!!! 目覚めの合図で、大きく1つ手をたたく。 その音に気付いた厚川が、ヒョイッと顔を起き上がらせ これでもかと見開いた眼で、わたしを見つめてくる。 強烈な視線に、さすがにたじろぐわたし。 …失敗?いやそんなはず… …成功…だよね?…ね? …その心配をかき消してくれる声が わたしの耳から教室中へと響き渡る。 「…ワンッ!!!!」 犬の鳴き声…、ではないけれど 人間が犬のモノマネをした際に 100人中95人が第一声に発するであろうセリフ。 それは、目の前の厚川からわたしに向かって届けられた “オレの負けです”のメッセージだった。 「あははははっ!!!さすが亜紀~!!」 「厚川の負けだね。ホント犬になっちゃった。」 「…マジかよ、すげぇ。」 見ている3人から漏れる感嘆の声。 ふふん、ざっとこんなモンだよ。 …にしても、この厚川の顔。 嬉しそうな満面の笑みで、舌をだらしなく出しながら へっへっへっ…と無駄に大きな息遣いで わたしを見つめてくる。 …だっさーい、こんな恥ずかしい姿 でもお似合いだよ~、厚川くん? 「…亜紀ぃ、厚川ホントに犬になっちゃったんだよね?」 チーちゃんが聞いてくる。 「うん、見ての通り。」 「じゃさ、芸とかもできたりするわけ?」 「もちろん。」 わたしの催眠術を甘く見てもらっちゃ困るよ。 「お座りっ!!」 厚川を見つめながらそう発すると 厚川犬は座っていた椅子からピョイとジャンプし 床で犬座りを始める。 「やだぁ~!!!」 「ってか亜紀すごーい。」 「へへへ。」 「………。」 いつも高飛車な厚川を、思い通りに操れる。 こんな快感ないよね~、ホント、だらしない。 「…ねぇねぇ亜紀、わたしもやりたいっ!!」 「ん、あぁいいよいいよ。」 「お、おいお前らそろそろ止めとけ…」 「木暮は黙ってて。」 「……う。」 理性ある厚川が不在の今、完全にわたしたち女子のペース。 「じゃあ、お手っ!!!」 チーちゃんがそう言いながら手を出すと 嬉しそうに舌を出したまま ワンッ、と言いながら厚川が手を差し出す。 「やばーい、超お利口さんじゃん。」 「…えーわたしもやりたいっ、お手っ!!」 「くふふ。」 やられたい放題の厚川、そんな姿を写メで取るわたし。 もちろん証拠にね。 居心地悪そうに佇む木暮くんを横目に 散々犬になった厚川で遊び尽くしたわたしたち。 すっかり板についてきたみたいだね、厚川ちゃん。 …でも、そろそろ可哀そうかな。 いつものウップンもさすがに解消できたし もう催眠術解いてあげよっか。 そのことをチーちゃんとミヨちゃんに言うと 「そだね、なんだかんだでわたしたちまで  かなり楽しませてもらっちゃったね。」 「うんうん、ってかこの後厚川にどう接すればいいか…w」 「自業自得だよ。」 そう、自業自得。これで少しは 大人しくなるんじゃないかな。 じゃあ、最後くらいは 立ち上がらせてから催眠を解いてあげようかな。 目の前で嬉しそうにお座りをする厚川の目を見つめながら わたしは最後の命令を投げかける。 「じゃあ、ちんちん!!」 …わたしのその発言に、驚くギャラリーの3人。 妙な静寂が教室を覆う。 みんなのその反応に驚くわたし。 え、なんで、だ、だって…!! 【ちんちん】[名] 犬の芸の1つ、両方の前の足を上げ 後ろ足だけで立つ芸のこと。 ― Akipediaより。 …でしょ?わたし昔犬飼ってたときに よくこの芸させてたよ? つまり人間の厚川がやれば 単純に2本の足で立ち上がるだけってことじゃないの…? …べ、別にそんな エッチな意味を込めて言ったんじゃなくて…!! 急に1人恥ずかしくなるわたし。 でもわたし間違ってないもん、ただの芸の1つだもん。 ね、厚川… 3人の視線を感じながら、厚川に目をやると 丁度犬座りから卒業し ゆっくりと2本足で立ち上がる瞬間だった。 ほら、成功だよ成功、それがちんちんだよ。 良くできました厚川… …と、そんなわたしの脳内拍手をかき消すがごとく 厚川は尚嬉しそうに、わたしの指示外の動きを始める。 「ちょ、ちょっと亜紀…!!」 驚くチーちゃんにミヨちゃん、もちろんわたしも。 …それもそのはず、厚川は、立ち上がるや否や 自分のズボンのベルトを緩め始めて…。 わたしの催眠術が、崩れ始める。 どうしようどうしよう…!! えっとえっと… …なんて、対応策を考えている暇なんて 厚川は与えてくれなかった。 立ち上がって、ズボンのベルトを緩めてからはもう 一瞬の出来事だった。 完全に犬と化した厚川は、ゆとりのできたズボンを 中のパンツごとギュッと掴み そのまま一気に膝のあたりまでずり下ろす。 そして頭を上げ、もの凄く嬉しそうな顔で 現れた自分のそれを、わたしたちに見せ付けてくる。 …厚川が、舌を出しながら、下も出してしまった。 -きゃっ。 わたしもチーちゃんもミヨちゃんも きっと心の中でそう叫んだ。 そう叫んだけど、実際に声には出さなかった。 なんでかって?それは… とりあえずわたしたち3人は、厚川のそれに 釘付けになってしまってた。 突然の出来事に呆然してたっていうのも あるかもしれない。 でも一番の理由は 厚川のおちん……、んがね、その… …その答えが、もう1人の観客だった木暮くんの口から わたしたちの耳に届けられる。 「…ち、ちっちぇえ…。」 …そう、そうなんだ。 厚川の…、いつも態度のデカイ厚川の… 生意気で口の悪くて偉そうな厚川の… おちん…ちんが… もの凄く…ちっちゃかったんだ。 そんなことお構いなしに 恥じらいなど全く麻痺している厚川は 可愛らしい、きっとコンプレックスなのであろうそれを 嬉しそうに、プルプルと揺らしながら わたしたちに見せ付けてくる。 ヘッヘッヘ… プルプルプル… 目の前の信じられない光景を わたしはただただ見つめ続けることしかできない… …ど、どうすればいいんだろう… わ…、わたし別に悪くない…よね…? あ、厚川が…勝手に、…解釈間違えて… ヘッヘッヘ… プルプルプル… …も、もうっ!! 「もうやぁだぁ!!!」 流石に痺れを切らしたミヨちゃんが 顔を真っ赤にしてわたしの腕にしがみついて来る。 「厚川さいってーー!!!」 チーちゃんも同様に、顔を真っ赤に染めて わたしの手を握ってくる。 そんな罵声もなんのその 厚川はなおも嬉しそうな顔で、おちんちんを揺らし続ける。 「…ちょっと木暮!!なんとかしてよっ!!!」 嫌でも視界に入ってしまう厚川のそれに もうどうすることも出来ずに ミヨちゃんが木暮くんに助けを求める。 「な、なんとかって…  お、お前らが勝手に厚川にチンコ出させたんだろっ。」 「…やだぁ!ちん…とか言わないでよっ!!!」 「なんだよそれ…、バッチリ見てるくせに。」 「…み、見てないっ!!」 「あ、亜紀もなんとか言ってやってよ!!」 「…へ?…う、うん…見て…ない…。」 …嘘…です…、今までずっと…見て…た…。 「…と、とにかくっ。  それしまわせてよっ。」 「し…しまわせてって…、ズボン上げればいいのかよ。」 「…そ、そう。」 「…ったく。」 なんか木暮くんがもの凄く頼もしく感じたけど 顔はミヨちゃんやチーちゃんと一緒で まっかっかだった。 友人が目の前で女の子におちんちん見られてるって 間接的に恥ずかしいものなのかな…。 わたしたちの要望に答えるべく 木暮くんがゆっくりと、丸出し厚川犬に近づいていく。 …ふぅ、もう。厚川のバーカ。 変なもの見せないでよね。 …やっと視界から消えるよ…厚川の… その思いに、途端に暗雲が立ち込める。 「…うー、ワンッッッ!!!!」 厚川のズボンに 恥じらいながら木暮くんが手をかけた瞬間 それを振り払うかのように、厚川が体をよじらせる。 その勢いで、態勢を崩した厚川が わたしたち3人のいる方へと倒れ掛かってきて… 「きゃーーー!!!」 「やぁだぁ!!!」 大声を上げて わたしの後ろに隠れるチーちゃんとミヨちゃん。 …ちょ、ちょっと!!わたしだって隠れたいよっ!! 目の前で、ホントに目の前で 丸出しの厚川が尻餅をつく。 わたしもすかさず後ずさり。 そんなわたしたちの姿を眼下に入れた厚川犬は すかさず本来のちんちんの体勢=2足立ちに戻り まだ尚嬉しそうな顔をしたまま 小さな小さなちんちんを見せ付けてくる。 ヘッヘッヘ… プルプルプル… …も、もうっ!!なんなのよっ!!! 頭の中が…厚川でいっぱい… 厚川の…おちんちんでいっぱい… 「もうやだっ!!」 一気に恥ずかしくなったわたしは 堪らず教室の隅に逃げる。 「ちょ、ちょっとぉ!!」 ミヨちゃんとチーちゃんもついてくる。 「ワンッ!!」 厚川まで…ついてくる。 アンタは来なくていいのっ!!! 「きゃーー!!」 「もうやだーー!!!」 狭い教室の中で わたしたち3人と、丸出しの厚川の鬼ごっこが始まる。 振り向くことは出来ない…、絶対見ちゃうから。 でも足音と鼻息で分かる。 厚川が追いかけてきてること…。 も、もうどうすればっ!! …と無心で走っていて気づかなかったけど いつの間にかミヨちゃんとチーちゃんがいなくなってた。 …教室の真ん中で、木暮くんと一緒に わたし…わたしたちを見つめている。 …なんでよっ…!!ってゆーか なんでわたしたち追いかけっこしてんのよっ!! 意味分かんなっ……!! ふと意識をずらしたその瞬間 わたしは教室の床に足を躓き転んでしまう。 尻餅をつき顔を上げると …ホントに目の前に厚川のおちんちんが映る。 さらに視線を上げると、満面の笑みの厚川。 …な、なんなのよもうっ!! 尻餅をつきながらバックしながら逃げる。 逃がすまいかと言わんばかりに 厚川もジリジリと寄ってくる。 気づくと教室の角に追い込まれていた。 わたしにもう逃げ場がないことをいいことに 厚川は、これがちんちん、よくできたでしょ?とばかりに わたしの顔にそれを近づけてくる。 もう…違うからっ!!わたしは そういう意味で言ったんじゃなくて…!! …もうっ!!!! 「厚川っ!!!!!いい加減にしなさい!!!  そのちっちゃいおちんちん、早くしまって!!!」 恥ずかしさのピークに達したわたしは 無意識に、そう叫んでいた。 わたしのその言葉を聴いた厚川は 満面の笑みからいっぺん、きょとんとした顔になり 丸出しの自分のおちんちんを見つめ… すぐさま凄く悲しそうな顔になって 最後は少し不服そうな顔をしながらも わたしの指示通りに、それをしまうために パンツごとズボンを上げた。 …はぁ…、…はぁ。 「…亜紀!!今のうち!!早く催眠術解いてっ!!!」 チーちゃんの声。 …そ、そうだ、催眠術かけてたんだ。 この期に及んですっかり忘れていたわたし。 ズボンを上げきった厚川の目をじっと見つめて わたしはすかさず催眠術解除のサインを厚川にかける。 -パンッ。 大きく手を叩く、…ただそれだけ。 その合図とともに、ふっと厚川が 我を取り戻したように、瞳に人間特有の色を取り戻す。 …最初からこうすれば良かった…んだよね。 やっと終わった… …でも、当の厚川にとっては、何が起こったか 全く状況が把握できていないといった様子。 「…ん?なんだ?何してんだお前。」 尻餅をつくわたしを見下しながら そんなことを言ってくる。 …なによ、…でも、なんかもう 何も答えられない…。 「…お、木暮。どだった?  俺、催眠術なんかに、かかってなかったろ?」 振り向いて、視界に入った友人に向かって そんなことを言う厚川。 …は?かかってなかった? …ぷ、ば、…バッカじゃないの? 流石にわたしはおかし過ぎて、笑いをこらえる。 チーちゃんとミヨちゃんも 流石に手で顔を隠して、笑いを押さえてた。 当の木暮くんは、ホントのことを言うべきか 困ったような表情で、ただただ黙りこくる。 そんな周りの様子に、徐々に違和感を覚え始める厚川。 決定付けたのが自分のベルト。 …完全に緩くなっていて、チャックも全開。 徐々に額に汗をかき始める厚川。 ズボンの上から手でいろいろ確認し始め その顔色はドンドン赤く染まっていく。 きっと、ちゃんとパンツも履けていなかったんだろう。 「…ど、ど  …どう言うことだよっ!!木暮っ!!!」 真っ赤な顔のまま、全く記憶もなく どうすることも出来ず、木暮くんに飛び掛っていく厚川。 「…や、やめろって!!」 「な、なんだよこれっ、説明しろよっ!!」 「せ、説明しろって…  …説明してほしいか?」 「くっ…!!!  …くそぉ!ふざけんなっ!!!」 初めて見た、完全に取り乱した厚川。 そのまま勢い良く、教室を出て行ってしまった。 …きっと、トイレでいろいろチェックするんだろう。 …厚川がいなくなった教室。 静寂が訪れる。 完全にわたしの勝利…、完全にかかった。 やったー!!って言いたいところだけど なんか…、気持ちがぐちゃぐちゃで…。 でも…でもやっぱり… ふと、チーちゃんとミヨちゃんと目が合う。 ジーっと交互に見つめあい… … …… …っぷ。 わたしの噴出しにつられて ほかの2人も噴出す。 ずっと堪えてた…、だって…あの厚川が… ぷぷ。 ―うん、催眠術大成功。 厚川のばーか。 …でもちょっと、可愛く思え始めた日。
-おしまい-
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