小説

保健室事件Ⅱ

白い息。かじかむ手。日増しに寒さが増す季節。 昨夜はどうやら零度を下回ったらしい。 その証拠に、ここ久音ヶ丘学園中等部のプールは、 一面氷張りになっている。 まるで自然界に出来たスケートリンク。 もちろん、滑れるほどの頑丈さなどどう考えてもありはしないが、 氷の上に立つように、危なげなこともしたい、とはよく言ったもので、 ここにそれを実践しようと意気込む男子生徒1人と、 無理やり付き合わされた男子生徒がもう1人。 「やっぱやめとこうぜ…、無理だって。」 「なんだよー、逃げんのかよ。」 「いや、逃げるとかじゃなくてさ…。割れて落ちるのがオチだって。」 「やってみなきゃ分からんぜよ。」 「いや、やらなくても分かるって…」 「ごちゃごちゃうるせーなー、行くぞっ!」 「…ぅおいっ!!」 ―シャリッバシャーーーーン…。 当然である。 「はぁ、馬鹿馬鹿しくて呆れちゃう。」 やれやれと保健室の先生。 でもまぁ男子中学生だし、これくらいがちょうどいいか。 少しだけ緩む頬。 「うひひ、サーセーン。」 「…だから言ったんだよ。アホ。」 「あー!?あんだとコラァッ…!……ひっくしゅっ。」 「ほらほら風邪引くから。とりあえず服脱いじゃいなさい。」 「ヘーイ。」 「んぬぅ…。」 露わになる2つの裸体。 野球部の名に恥じない、程よく鍛えられたシルエットが美しい。 「…ってか、全部?」 「当たり前でしょ。」 「いやそれは…」 「先生エッチー!」 当然と言えば当然だが、確かにそれはエッチである。 「じゃーノーパンで帰るの?…全く。  後ろ向いててあげるからさっさと脱いじゃいなさい。」 「えー、ってかなんか服とかねーのぉ?」 「なーいっ。  乾燥機にかけるついでに教室からジャージ取ってきてあげるから、  それまでベッドの毛布にでもくるまってなさい。」 「…え、でも、1枚しかない。」 「ちょっとくらいいいでしょ、2人で1つ。」 「げーーーーー。」 「俺の方がゲーッだわっ!!」 「いっひひ。まぁ、しゃーねーな。ちょっとの間よろしくな。相棒。」 「…キモい。キモ過ぎ。」 「あー!?」 「分かったから、早く脱いじゃって。」 「ってか、あっち向いてよ先生。  それとも、俺らのチンコ見たいのー?」 「っバカなこと言ってるんじゃないのー!  …はい、向きましたっ!」 「あっはは、照れてる照れてる。  別に見せてやってもいいのになっ。」 「よくねーよバーカ。」 「全く…。」 赤らむ2人に、楽しそうな1人。 「うっし!」 ―プルンッ。 かたや潔く下を脱ぎ捨て、素っ裸になってベッドに飛び込み、 ―脱ぎ脱ぎ…。 かたやいじらしく、手で隠しながらそれに倣い、 躊躇いまじりに先客のいる布に潜り込む。 「あっはは!触んなよっ!」 「触ってねーよっ。」 「あっはは。やべーっ!!」 「黙れっ!」 「もう前向くわよー?」 「いいよー!!」 「…はぁ。」 一気に丸ごと脱ぎ捨てられたと思われる下一式の塊と、 1枚ずつ恥じらい交じりに脱がれたと思われる 制服・パンツ・諸々の単品たち。 男子更衣室のような光景に少し戸惑いながらも、 いけないいけない、ヒョイとそれらを拾い上げる。 たっぷりと含んだ水分で、見事に重く、かつ、生温かい。 「じゃあ、乾かしてきてあげるから。」 「よろー。」 「おいっ。」 「ふん。何組だっけ?あんたたち。」 「2組ー、なんでー?」 「ジャージ。」 「あー、そっかそっか。」 「…すみません。」 「はいはい。」 呆れながらもなんだか少し嬉しそうに、保健室を後にする先生。 「なんか、ドキドキすんなっ!」 「はぁ!?馬鹿かよお前っ。」 「いやだって、誰か来たらヤバくね?」 「…確かに。」 「ま、大ジョブか。」 「…大丈夫じゃないと、困る。」 「だなっ!」 「……。」 「ってかさ、チン毛生えた?」 「はっ!?」 「いーじゃねーか相棒なんだし~。  俺はこの通り、まだツルちゃんでごわす。」 「キモいもん見せんなっ!!!」 「お前は?見してっ!」 「なんでだよっ。」 「俺の見ただろー!?せけーぞっ。見せろっ!!」 「イーーヤーーダッ!!」 「ひゃああゴキブリッ!!!」 「ヘアッ!?」 「…うおー!生えてるっ!!!」 「っ!?」 「すげー、いいなぁー…。」 「な、なにがだよっ!!」 「いつ頃生えた?」 「知らんっ。」 「えーマジかー、俺も早く生えねーかなぁ。」 「……。」 「…ってかさ、なんでちょっと勃ってんの?」 「…!!!勃ってな…!!!」 「失礼しまーす。」 「!?」 「…最、悪。」 「すみませーん。…あれ、いない?…、  ……わっ。」 「………。」 「…ぃ、いよっ!!」 「…何してんのあんたら。」 「いや、まぁ、いろいろありまして…。  お、お前らこそどうしたんだよっ。」 「いや…、ねん挫しちゃったから…。」 足を引きずる女子生徒と、肩をかす女子生徒。 「…ってか、…え、…はだ…?」 「え、…2人って…、そういう…」 「…あっはははは…」 「いやちげーだろっ!!否定しろよっ!!!」 「怒んなってー、いや実はな―」 「あっははは!!ホント、男子ってバカだよね~。」 「いや俺は止めたのに、こいつが無理やり…!!」 「まぁ、だろうね。」 「ぅおい!!」 ベッドに腰を下ろす女子生徒2人と、 ベッドの上で毛布にくるまる男子生徒2人。 「で、先生におつかいさせてるから今いないってわけね。」 「もー。」 「あっはは、いやぁ悪い悪い!」 「ふん。」 「…え、ってかさ。  服全部乾かしにいってもらってるってことはさ。もしかして、」 「…え。」 「エロいなーお前ら!想像してやんのー!!」 「しーてーなーいっ!!」 「………。」 「え?ホントに?」 「見る?」 「見ーなーいーっ!!」 「こいつのなんて、もう大人なんだぜー?」 「おいっ!!!」 「もうやーっ!!」 保健室に男女4人。うち男子は素っ裸に布だけ。 4人が4人、変な気分にならざるを得ない。 「もーう。」 「ってかさ、先生いなくても、  湿布くらいなら貼っても大丈夫なんじゃない?」 「確かに。」 「いんじゃね。な?」 「…知らん。」 湿布湿布…。あんたらには聞いてないしと、 お目当てのそれを探し始める健康女子と、 すぐそこにある同級生の毛布越しの全裸に、 平常心揺らぎっぱなしの捻挫女子。 一方、案外余裕の男子と、脇汗びっしょりの男子。 「あ、あそこだ。多分。」 「ん。」 元気女子が指差す先、棚の上の救急箱。んーっ、んーっ…。 ギリギリで届かない高さ。 「無理だー。」 「うん。」 「ってことで、よろしく男子。」 「えぇっ?」 2人とも、女子生徒よりは高身長。 普段なら朝飯前のタスクだろう。しかし、 「俺らのこの状況分かってて言ってんの?」 「うん。」 「うへー、鬼女。」 「うるっさいなー、緊急事態なのっ!ねっ!?」 「…え?…う、うん。」 「はだけてポロリしちゃってもしんねーぞぉ?」 「別にいいよ、この際。」 「うっは、エロ女!!」 「別に見たいとは言ってないっ!!」 バトル男女に、赤面男女。 「仕方ねーな、取ってやるか。」 「えー、マジかよ…。」 「別に俺だけでやってもいいけど。」 「俺どーすんだよっ。」 「んー、ご開チン?」 「死ねっ。」 「くだらないこと言ってないで、早くっ!!」 「はいはい。」 「…はぁ。」 「よっ、と。」 体を密着させ、毛布を厳重に巻きつけた、 風呂上がりのOLスタイルの2人が腰を上げる。 ヨチヨチと棚に近寄る。クスクスと漏らす女子2人。 非常に情けない光景。 「おいチンコ当たってるってー!!」 「…あ、当ててねーよっ!!」 「あっはは、この感触、ぜってーそう。やべえ。」 「…っ。」 「もうさいてーっ!!!」 なんでも口に出してしまうこの性格は、 天然なのか、はたまた全て計算なのか。 いずれにせよ、最低呼ばわりされたこっちの男子が不憫でならない。 「うっし、んじゃ取るぞー。」 「早くしろ。」 「そんな怒んなってー。いー…よっと。」 左手でしっかり毛布を押さえ、右手を目標物に伸ばす。 なんなくリーチド。 引きずるようにゆっくりと救急箱を手繰り寄せる。 …も、グラッ。 「ファッ!?」 バランスを崩したそれが勢いよく落下。 慌ててそれを受け止めそうと、反射的に伸びる左手。 さすが野球部、見事な瞬発力でギリギリキャッチを成功させるも… ―ハラリ。 ストッパーの半分を失った布が無情にもはだけ、 ―ぷりんっ。 2つの真っ白なお尻が丸出しになる。 「うわぁっ!!!」 「やーーーーーっ!!!!!」 「きゃーーーーーーーーっ!!!!」 「んくっ…!!!!」 「コラッ!!!何してるのっ!!!」 「っ!?は、はいっ!!!」 ちょうど戻り、何事かと怒鳴る先生と、 反射的に振り返りながら返事をする男子生徒2人。 野球部では先輩は絶対。 怒鳴られたら目を見て気を付け、そして大声で返事。それがルール。 体中に染み付いているいつもの習慣が、この状況下で出てしまい、 ―パサッ。 完全に床に落ちる毛布。 直立する2人の男子生徒と、ビョコンと飛び出す2本のバット。 まだ成長を知らないそれと、少しずつ成長を始めたそれ。 決して女子に見られてはいけない、発展途上の男の証。 …き、 「きゃああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!」 ほのかに保健室にこぼれる陽。 春が、待ち遠しい。
-おしまい-
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