1限プールにご用心
(2014年7月12日 01:30)
「ねぇねぇ水野~。んふふ。」
「…んだよ、キモいぞ。」
「水野さ~。」
「あんだよ。」
「今、パンツ履いてないでしょ。」
「もう何よ~およしになって~、そんなに強く引っ張らないで~ん。」
1限後の休み時間。
無理矢理香川を教室から引っ張り出し、
人気のない最上階の廊下端まで連れ出す。
「も~う、強引なんだから~。」
「カマ口調やめろや。」
「きっひひ。」
嬉々としておどける香川にイライラが膨れ上がるも、今はそれどころではない。
「…どうして分かった。」
周囲を気にしながら、独り言の様なか細い声で問う水野。
「あ、やっぱりノーパンだったんだ。」
当たりくじを引き当てた子供のような笑顔を咲かせる香川。
しまった、シラを切れば良かったものを。しかし、もう遅い。
「いや~さ~。プール終わった後の着替えの時さ。
ど~もソワソワしてるな~おかしいな~と思ってさ。
で、観察してたわけ。」
「俺を?」
「そ。」
「…キッモ。」
「きっひひ。」
香川にキモいは褒め言葉だ。ガソリンだ。
「んで見てたんだけどさ。まずラップタオル巻くでしょ、
中で海パン下ろすでしょ、足から抜き取るでしょ。
ここまでは普通だったんだけど、そのあと急に1人でキョロキョロし出してさ、
落ち着かないわけ。
普段なら田村とか小出とかと仲良さそうに喋りながら着替えるのにね。
いつも楽しそうだよね~僕も混ぜてほしいな~。
あ、どうでもいいけど海パン脱いだあとはもっとチンチンとケツ、
ちゃんと拭いた方がいいよ。蒸れちゃうから。」
「黙れ。」
「きっひひ。
んでその後さ、菅谷がタオル忘れたーとか言って、
フルチンで着替え始めたじゃん?当然みんな菅谷に注目してさ。
そこで、今だ!と思ったんでしょ~?
んでも残念でした~。僕は水野を見てました~。
プールバッグからサッとハーパン出してさ。めっちゃ高速で履いたよね。
ハーパン、パンツじゃなくて、ハーパン。きっひひ。」
「…キモ過ぎ。」
「分かるよ~うんうん。
プールが1限だとついつい家で海パン履いてきたくなっちゃうよね。
でも、ちゃんと着替え用のおパンツも持ってこなきゃ、ダ・メ・だ・ぞ☆」
「……。」
見事なまでの洞察力と考察力に、ぐうの音も出ない水野。
キモい、ぐらいしか反論の言葉が浮かばない不利な状況に憤りを覚える。
「…誰にも言うなよ。ぜってーだぞ、言ったら殺すかんな。」
ノーパンだなんてことがバレたら、クラス中から笑いものにされるに違いない。
女子からは変態扱いされるかも分からない。
誰かがふざけて脱がしにかかってこようものなら…、想像もしたくない。
地獄だ。
「やだ~、野蛮~、こわ~い~。」
水野の恫喝にも一切たじろがず、心底嬉しそうにはしゃぐ香川。
「キモいんだよ。」
「きっひひ。」
キモいと言えば喜ぶと分かっているのに、
それしか口に出来ない自分に焦る水野。
とにかく、今日1日はなんとしてでも黙っていてもらわねばならない。
「分かったな!言うなよ絶対。…特に女子には。」
「え?男にはいいの?」
「ダメだよっ。誰にもダメッ!」
「やだっ、2人だけの、ヒ・ミ・ツ、ってこと~?」
「それでもいいからっ。とにかく誰にも言うな。いいなっ!?」
「…んふふ~。どうしよっかな~。」
人差し指を顎に添え、くねくね。
そう簡単にいくわけはない、ような予感はしていた。
もしかしたら、最悪の相手にバレてしまったのかもしれない。
水野は頭を抱える。
…クソが。こいつには交換条件を出すほか口封じの方法はないのだろう。
「…何すればいい。」
顔をしかめながらも、ボソッと吐く水野。
その言葉に、欲しかったおもちゃを手にしたような満面の笑みで応じる香川。
「え?え?え?何でもしてくれるの!?」
目の前に餌をバラ撒かれた鳩のような食いつきに、大きく乾いた溜息を1つ。
「何でもじゃねーよっ。出来る範囲で、お前が納得いく条件があれば、だ。」
なんで、俺がこんな目に。
家で寂しく主の帰りを待つパンツにやり場のない怒りをぶつける。
ちくしょーパンツ、走ってこいや!
「え、え、え。じゃーねーじゃーねーじゃーねー。」
うなだれる水野になどお構いもなく、
まるでずっと前から考えていましたとばかりに、
「水野のチンチン見して!今ここでっ!」
迷いもなく、恥ずかしげもなく、今日1のスマイルで、そう続ける香川。
「…は?」
「だから~、チンチン見せてって言ったの!何度も言わせないでよ、エッチ。」
「…は。」
は。
「…アホくさ。」
全てが馬鹿らしくなって、回れ右。
こいつに真面目に向き合おうとした自分が間違いだったのだ。
そもそも、万一こいつが口を滑らせたとして、こんな奴の言うこと、誰が信じる?
あの香川だぞ?そうだそうだ、気にし過ぎだったんだ。戻ろ戻ろ…。
「3組の宮本が学校のトイレでウンコした話って知ってる~?」
杞憂と決め込み帰途に就こうとする水野を尻目に、
何のつもりか、1人語り始める香川。
「あと、2組の山井がお腹壊して中庭の隅で用を足した話とか~、
うちのクラスの遠山がついこないだまでブリーフ履いてた話とか。」
全部有名な羞恥話だが、だからなんだというのだ。俺も同類だと言うのか。
どんな話だろうと、バレなければ勝ちなのだ。迷宮入りなのだ。
「あれね~。」
ゆっくりと階段を降りながら、香川の独り言を聞き流す。勝手にやってろ…。
「ぜーんぶ、僕がバラしたの。」
ちょうど踊り場に差し掛かったところ、水野の足が止まる。
「僕のゴシップ拡散力、甘く見ない方がいいと思うけどな~?」
きっひひ。香川の憎たらしいニヤけ顔が目に浮かぶ。
…クソが。クソがクソがクソが!!!
再び失意の回れ右、足早に階段を駆け上がり、再び香川と対峙しそのまま、
―サッ、サッ。
「これでいいだろ!?誰にも言うなよ!」
「え?え?え?」
「約束だぞっ!」
「待って!待って!ダメ!早すぎて見えなかった!もっかいもっかい!!」
「あぁ!?」
今度はしっかり腰を下ろし、水野のブツをばっちり拝む構え。
「出してから5秒数えるまで隠しちゃダメだからねっ。
じゃないと、バラしちゃうぞ~。」
無敵の二文字を彷彿とさせるようなしたり顔で、ターゲットを見上げる香川。
僕の実績を舐めるなよ、自信たっぷりにギラギラと光る瞳がそう言っている。
そんな強敵を、ただただドス黒い軽蔑の眼差しで見下ろす水野。
一度歯ぎしりを噛ませた後、舌打ちをしながら周囲を確認。
「大丈夫だよ、誰もいないよ。」
「……。」
「早く早く~、2限始まっちゃうよ~?」
「…お前さ、オカマなの?」
「さ~。どうでしょ~?んっふふ。」
「キモ。」
「きっひひ。」
「……っ。」
…クッソがぁ!!!!
―サッ。
ハーフパンツを少しズリ下げただけで、ぷるんと飛び出す水野のチンチン。
そのあまりの手軽さが、パンツ不在の何よりの証拠だ。
「イチ・ニッ・サン・シィ・ゴッ!!!!」
―サッ。
口早に5カウントを済ませ、大事な息子を快適とは言い難い巣へと戻す。
一瞬と言えど、確かにその奇行を確認した香川は、
「…くっふふ。きっひひひ。…きゃっはははははははっ!!」
3歳児のような笑みと奇声を発しながら体をよじらせ、そのまま尻餅をつく。
極めつけに、
「水野こんなとこでチンチン出した~!ヘンタ~イ!!」
5歳児でも言うのを躊躇うようなえげつない言葉を容赦なく水野に浴びせる。
「………っ。」
「ってか、本当にパンツ履いてないんだね~。
ハーパン直履きってチクチクしない?チンチンかゆくならない?
学校でノーパンってどんな気分?恥ずかしい?それとも興奮する?
ねぇねぇ?きっひひ。」
「………っ!!!」
襲い掛からんばかりの怒りを露わにし、顔を紅潮させる水野。
「ごめんごめ~ん。怒っちゃやだよ~。恥ずかしかったよね。きっひひ。」
―キーンコーンカーンコーン…。
「おっとっと、2限始まっちゃった。急がねば~。」
無事に宝物を手にした子供海賊のような無垢な笑顔で、
ヒョイっと腰を上げる香川。
「んま、こーんな日もありまっせ。旦那!」
ポンポンっと、悪びれる様子もなく水野の肩を二度叩く。
「とりま、どうか素敵なノーパンライフをお過ごしくださいませませ~。
今日はまだまだ、こ・れ・か・ら、だよ☆きっひひ。」
両手を目いっぱいに広げ、ブーンと階段を駆け下りていく香川。
「…はぁっ!」
少しは救われるのではないかと言う期待を込めて、
わざと大きな溜息をついてみるも、
怒りも情けなさも恥ずかしさも、体内からは1ミリも漏れ出てくれはしなかった。
なんでこんな…。パンツ忘れただけなのに。
危うく泣きそうになる自分に気づき、頬に一発ビンタを入れる。と、
「あ。」
踊り場に達したと思われる香川の声。
まだ何かあるのか、憎き悪友の顔面を脳内でボコボコにする準備を済ませると、
「水野ってさ、意外とチンチンちっちゃいんだね。きっひひ!」
!?
「…っ!テメェ殺す!!!!」
「きゃ~!!」
どこまでも自由な愉快犯を、全速力で追いかける。
「プールの後だからだよっ!!」
「あらあら見栄張っちゃって、可愛いでちゅね~。」
…これが悪夢の始まりに過ぎなかったとは、このときはまだ、なんとやら―。
2014年11月24日 13:04
いーきわあー!
更新されてるー!
しばわく来ないうちに更新されてた◎_◎
この話いいですね!
2人のキャラがいい!!
もっと見てたくなります!
もう1つの新作も先が楽しみです!!