雑草と太陽 17
(2012年8月14日 22:00)
高速に響くスニーカーの音。
高速に駆ける2人の影。
服を着た鹿島と、素っ裸のノリ。
高速に振られる腕。
高速に回る脚。
その何処よりも高速に旋回する、ノリの、あそこ。
大きな笑い声、大きな叫び声。
違う、違うだろ。何処見てるんだよ、みんな、…僕。
美しいフォーム、まったくぶれない軸。
限界まで伸びる歩幅、衰えないスピード。
何も、言うことはない。
頑張れ、頑張れ。
凛々しい顔は、徐々にその表情を変える。
その表情は、徐々に本当のノリの顔を、映し出し始める。
崩れるフォーム、ぶれる軸。
歯を食いしばり、理性のない野獣のように、
ただがむしゃらに走るノリ。
なんだかもう、泣きそうになる。
一気に押し寄せる涙玉を、お前は来んなと拭い払う。
目を開けたそこには、今何を見ていたんだろう、
僕でも見たこともないほどに、完璧過ぎるノリがいて―
一瞬に見えないほどに、たくさんのものを見た気がした。
でも、たったの一瞬だった。
どっちが勝った?みんな。
ねぇ、どっちが勝った?
聞くまでも、ないけどさ。
ねぇ、なんで誰も答えないんだよ。
ちゃんと見てたよね、じゃあ一緒に叫ぼうよ。
せーの…、
…あーもう、もういいよ、僕が言うよ。
誰よりも先に、僕が―。
「ノリの、勝ちーーーーーーーー!!!!!!」
声量メーターが大きく振りきれるボリュームで、
恥ずかしいくらい大袈裟に、裏返ざるを得ない大声で、
みんなに、鹿島に、ノリに向かってそう叫ぶ。
呆然とする校庭脇ギャラリーの面々。
何してるんだよ、歴史の目撃者がそんなんでどうするんだよ。
「ねぇ!ノリの勝ちだよね!?みんな見てたよね!?」
体ごとみんなに向けて、全力で同意を求める。
こんな目立つことしたことない。
無理してるのは分かってる。
でも、どうしても確認しておかなくちゃいけない、大事なことだ。
―こ、小池が叫んでる。
いいんだよ、今、そんなことは。
―は、はえぇ…。
だろ、誰が?どっちが速かった?
―マジか…。
マジだよ。
―まぁ、実際、
うん。
「大野の勝ち、だな。誰がどう見ても。」
ようやく1人が、それを認めてくれる。
―うん。
―だな、すっげぇ速かった。
―びっくりしたぁ。
―マジかー、すげぇな大野。
あちこちから漏れる証言。
やった…、ノリ、やった、…おめで、
「きゃーーーーーー!!!!!」
突如叫び目を覆う、目の前の女の子たちに、思わず肩がすくむ。
…僕?いや違う、僕の、…後ろ?
操られる様にそちらを向いた、…のとほぼ同時、
「っしゃーーー!!!!!!!!!」
もの凄い勢いで、何かが僕に衝突する。
加えてもの凄い雄たけびが、僕の耳元でキーンと響く。
痛くはなかったのは、ノリの衣類のお陰だろう。
そのまま倒れなかったのは、ぶつかった犯人が、
僕を抱き寄せてくれたからだろう。
…え?抱き寄せた?
誰?なんて分かってるのに、自分で自分に聞いたのは、
僕なりの照れ隠しだったに違いない。
大好きなにおいが、僕の体全体を包む。
大好きな熱が、直に僕に伝わる。
大好きなノリが、僕に抱きついた。
そうでなきゃ、こんなにドキドキするはずがなかった。
「ユキ…っ、俺、勝ったよな…っ?」
大好きな声が、荒々しく僕に訊く。
ギュッと、より強く僕を抱きしめる。
ノリの耳が、僕の耳をこする。
「…うん…、…勝ったよっ…!!」
少しだけ、腰を引く。
顎を、ノリの肩にかける。汗で、滑る。
「俺が1番…、っ、…だよな…っ?」
「うん…っ!」
目を瞑る。体中が熱くなる。
「ホント…か…、っ?」
「…ホント、だよ…。」
「嘘じゃない…、か…っ。」
「…ホント…、だよ。」
目を開け、下を見る。
ふっくらと突き出た、ノリのお尻が映る。
―くっくっく。
―いやーん。
―あっはっは、他でやれ~w
―ってかせめて服着てやれ~!!w
―こっからだとまだ見えてっぞ~w
―………っ。
「ノ、ノリッ。」
「…ん。」
ノリの力が弱くなる。
「と、とりあえず…、パ、パンツ、…履こっ…。
みんな…、見…、てるから。」
「…へ。」
僕の体をゆっくり離し、自分の体を確認する。
ピョコンッ。
鋭い瞳を大きく見開き、瞬時に両手で自分のそれを隠すノリ。
続けて僕に向ける、その顔が…、
―俺、丸出しだったの?
まさにそんな、キョトンとした顔で、おかしな顔で、
僕でも初めて見る顔で、それがもうどうしようもなく可愛くて。
頭がどうにかなる前に、その感情を頭の隅に大切に仕舞う。
裏を返せば、それだけ極限の状態で戦っていたって言うことだ。
本当にお疲れ様、こんな言葉じゃ足りな過ぎるけど。
…と、それよりも今は、
「ぼ、僕が隠してるから、履いちゃって…!!」
まだ温かいパンツをノリに渡し、
今更だけど、ノリの下半身をノリのTシャツで覆う。
これでもう誰にも見えないはずだ、…僕以外には。
「…悪い。」
小さくこぼし、両手でパンツを整え、その場で足を通す。
最低なのは分かってる、でも、もう次はないかもしれないから、
ピョコピョコンッ。
最後くらい僕だけで、独り占めしたかったんだ。
ノリがパンツを履き終える頃には、みんなの視線のほとんどが、
こちらではなく、あちらへと移動していた。
きっと、ここにいる僕以外のほぼ全員の予想を裏切り、
負けてしまった、鹿島の姿がポツリ。
―あーあ…w
―あんなこと言っちゃったから…w
―…もうっ。
―きゃー!!
見たこともないくらいに弱った顔。
悔しさと、それ以上の絶望が顔中に滲み出ている。
乗りであんな発言をしてしまったことを、
今になって悔やんでいるんだろう。
ノリを甘く見た結果だ。
だいたいノリの罰に比べたら、あんなの風船くらいに軽いはずだ。
自業自得だよ、鹿島。
何を偉そうに、何をしたわけでもないのに強気になってみたけど、
やっぱりちょっと、可哀そうに思ってしまったりもした。
…のも束の間、
「へっ、ケツなんて出さねーよ。」
何かを小馬鹿にしたような声で、そう吐き捨てる鹿島。
ちょ…、周りもザワつく。
「そんなだっせーことするわけねーだろ、アホらしい。
大野も馬鹿だよな、女子の前でフルチンにまでなって。
恥ずかしくねーのかよ。」
…っ!!!
何言ってるんだコイツ、ノリは…、
ノリがどんな気持ちで…っ、
「俺はそんなことしねーから。
んじゃ、また明日。」
そう言って、颯爽とその場を後にしようとする…、
「ちょ、ちょっと待て…よっ!!!!」
そんなの納得いくわけない。
いつからこんなに強気になったのか。きっと今日だけだろうけど、
反射的にそう叫び、無意識で鹿島を追おうとする、…と、
強い力で、優しい力で、肩をおもむろに掴まれて、
引き止められる。
「いいんだ。」
え?
ゆっくりと振り返ると、
「俺が1番だ。
それだけで、いいんだ。」
目元と口元を微かに緩ませ、満足そうに笑うノリ。
僕には眩し過ぎるくらい、まるで太陽のような笑顔だった。
2012年8月14日 23:36
ショタノリカッコイイ〜
けど可愛い〜
o(^-^o)(o^-^)o