夏の大三角 14

『小さな祈り』

一生懸命に大きくなった少年のちんちんが
和哉の目の前に現れる。

照れながらも、どうだ！と言わんばかりの
少年の誇らしげな態度に
バカじゃねーの！？くらいの台詞を
かましてやろうかと思いながらも
ピクピクと確実に脈動するそれに
和哉は今まで感じたことのない妙な感情に駆られ
目の前の全てに釘付けになる自分に、焦っていた。

「…な、何やってんだよ！！」

咄嗟に出た、動揺丸出しの言葉。

「え？何って…、ちんちん立たせたんだけど。
　…兄ちゃんもしかして知らねぇの？
　ここ、いじると立つんだぜ。」

そう言って、和哉を見下すかのように
更に自分のちんちんをイジイジする少年。

「…し、知ってるに決まってるだろ！！
　に、兄ちゃんをバカにするなよなっ！！」

いじらなくたって大きくなることだってあるんだ－。
あの子と風呂に入ったとき
まさかいじって大きくしたわけじゃないだろ…？
ドキドキしたから、立ったんだろ？

…いくらでも反論はできたが
和哉自身が今、正にその状況に陥っていたため
下手なことを言うことができなかった。

なんで俺…興奮してるんだ？
今までこんなことなかったのに…。
学生服の下を少年に気づかれないように
和哉は必死で少年と対峙する。

「…そんなムキになんなよな…。
　ってか、何照れてんだ？兄ちゃん。
　顔赤いぞ。」

少年の的確な突っ込みに、更に和哉は取り乱す。

「…う、うるっせーな！！
　ちょっと今日は疲れてるだけだよ！！
　…っつーか、早くドラゴン呼ぶんだろ？
　いつまでも変なことしてると
　新・ドラゴン呼び方、教えてやらないからなっ！！」
「…えーーっ！！！そ、それは困る…！」

そう言って、まだ大きなそれをビヨンビヨンさせながら
体をよじらせてみせる少年。
それをやめろと言っているのに…。
和哉の頭は、わけの分からない感情で一杯になっていた。

「…それならまず、それどーにかしろっ。
　ドラゴンさんの前でそれは
　あまりに失礼すぎるからな…。」
「…わ、分かった…！！
　でもちょっと待って…、自分の思うように
　小さくなってくれないんだこれ…。」
「分かった、待つからっ！！」
「あ、ありがとう…。」

変な兄ちゃんだな…。
きっと、そんな風に思われていたに違いない。
でもそれくらいぶっきら棒に振舞わないと
どうにかなってしまいそうで、和哉は怖かった。

－数分後。

「も、戻ったぞ！！」

わざと視線をそらしていた和哉に
声をかける少年。
和哉がそちらを向くと、まるで子供の小さなちんちんが
ちょろんと、くっ付いていた。

まだガキのくせに、変なことして…
頭の中で少年を罵倒しながらも
自分のはまだ収まっていないと言う
恥ずかしい事実のせいで
口にすることはできなかった。

日はすっかり落ち、所々にある灯りが
薄暗く２人を照らしてくれている程度で
遠くからは、少年がすっぽんぽんであることなど
到底確認ができないほどになっていた。
それを証拠に、少年は素っ裸であるにも関わらず
まるで羞恥心など感じている様子はない。

「…よし。」

下半身以外は、徐々に正常に戻りつつある和哉が
息を整えながら小さく呟く。

「…で、どうすればいいんだ？」
「…あとは簡単だよ。
　石を７つ全て持って、あそこの真ん中に立つ。
　それで、さっきと同じことをするんだ。」

そう言って和哉は、ある場所を指差す。
そこにあったのは、紛れもない、川だった。

「…え！？川に入るのか！？」
「そ。今のドラゴンさんは、川に住んでるんだ。
　運が良かったな、近くに川があって。」
「…そうだったのか、知らなかったなぁ。」

そりゃ出てこないはずだよ、と言いながら
ちんちんを掻く少年。
それを見ながら和哉は
ここにあの子を連れてきたら、どんな反応をするのだろうと
少し想像してみたりもした。

いくら夏とはいえ、もう終わりが近づいている。
日も落ちているため、川の中はきっと
温かいとはいえない温度になっているはずだ。

それでも少年はもう、覚悟ができているらしい。
再び凛々しい顔になり、布にくるんだ石を抱えて
素っ裸のまま、川へと歩を進めていく。

「…サンダルも脱いだほうがいいよな？」
「…え、あ、あぁ。」

直前で振り返る少年に、咄嗟に答える和哉。
本当に生まれたままの姿になった少年が
川の中に入っていく姿を、目を凝らしながら見つめつつ
和哉は、心の中で懺悔した。

「…兄ちゃん、じゃあ呼ぶぞ…！！」

さほど流れの速い川ではなかったが
子供にはきつい流れかもしれない。
加えて、それなりに水深の深い川だったため
胸の辺りまで浸かった状態になり
そこで少年が再び、和哉のほうに振り返る。

－コクリ。
その首肯をチラリと確認すると、少年は目を瞑り
少し間を空けてから、夏の夜空に向かって
再び、声高らかに叫んだ。

「いでよっ！！ドラゴンっ！！！！」



辺りが急に暗くなった…気がした。
しばらくすると
夏の夜空…大三角を見つめる少年の耳に
天からの声が届く。

「…我を呼んだか－、陸、田中陸よ－。」

耳慣れない声に、きっとドラゴンの声に、陸は驚く。
固まる体を和哉の方を向けようとする。

「目をそらすな－。我だけを見よ－。」

ドラゴンからの忠告に、すぐさま空を見上げ直す陸。

「…で、でででも…！何処に…いるんだ…！？」
「…我は肉体を持たぬ－、遥か昔に息絶え
　星になった。
　…我の名は、夏の大三角－。」
「えっ、そそそんな…！！！」
「大丈夫だ－、体朽ち果てた今も
　その能力は衰えてはおらぬ－。
　我を見よ、我だけを見よ－。」
「は、はいっ！！み、見てますっ！！！」

細い目を見開いて、光り輝く３つ星を見上げる陸。

「…よろしい－。
　では、そなたの願いを１つだけ叶えてやろう－。」
「あ、は、はいっ！！！」

遂にこのときが来た。
必死の思いで、人知れず集めた７つの石。
その努力と想いを、１つの願いにぶつける。

「ち…、千沙をっ！！！」
「…千沙を…－？」
「…ち、千沙…に…！！！」
「千沙に…－？」
「…ち、ちち…千沙が…」
「……千沙…が…－？」

その願いを、最後の最後で躊躇う陸。
いや、躊躇っていたのではない。
最後の最後まで、悩んでいたのだ。

自然と瞳には、涙玉が溜り始めていた。
だが、それが零れ落ちることは決してない。

真上だけを見つめながら、心の葛藤を繰り返しながら
陸は、走馬灯のように頭を駆ける思い出たちを胸に刻みつつ
遂に決心をし、大きな深呼吸をした後
ドラゴンに向かって、その願い事を告げた。

「…千沙に、千沙を……
　ご、合格…させてほしい…！！！
　東京の学校に…、合格させてほしいんだ…！！！」

その顔は、泣きそうだが、笑顔だった。

「…千沙…とは、どの千沙だ－。
　世の中には、千沙と言う名の人間が
　五万といる－。」
「…オレの、オレの大好きな千沙だ…！
　これで、分かるだろ？」

少し照れながら、鼻をすすりながら
ドラゴンにそれを告げる陸。
無論、ドラゴンには充分過ぎるほどの答えだった。

「…了解した－。
　田中陸－、そなたの願い、しかと受け止めた－。
　…では、さらばだ－。」
「…あぁ…！！！」

辺りが少しだけ明るくなった…気がした。
陸の夏が、全て終わったのだ。



川の中から少年が出てくるのを
和哉は目を凝らしながら確認をする。
すっぽんぽんの、まるで今生まれたかのような男の子が
脱いだサンダルも履かずに
和哉の元に駆けてくる。

「…兄ちゃ～ん。」

顔を真っ赤にした少年が、和哉の目の前で静止する。
完全に縮こまってしまっているそれを
和哉が確認したその瞬間、少年は倒れ掛かるように
ガシッと、和哉の腹の辺りにしがみついて来た。

「…うわあぁぁぁぁああああああん！！！！！」

しがみつくや否や、大声で泣き出す少年。
きっと、ずっと堪えていたのだろう。
それを受け止めるように、裸の少年を抱き返す和哉。

「…良く、頑張ったな。」

和哉のその声も、きっと届いていないだろう。
制服がビチョビチョに濡れていることなど
まるで気づいていないようだから。

「…罪な奴だよな。
　織姫様も、…彦星も。」

号泣する少年を抱き寄せながら
和哉は、きっと夏の最後を飾る三角形を
いろんな思いを巡らせながら見つめていた。