小説

夏の大三角 2

『千沙と和哉』

-シュッ、シュッシュ… ドキドキドキ… -シュ、シュッシュ… ドキ…ドキ…… 「…ふぅ、終わったよ。」 「…!め、目ぇ開けていい??」 「いいよ。」 「…、と、えと…」 「75点。」 「ホント!?やった~!!この前より10点も上がった!!」 「頑張ったな~、この1週間でここまで伸ばすとはね。」 「頑張ったモン!!」 「はは、この調子でいけば、きっと受かるよ。」 「うわーい!!」 -千沙の部屋。 勉強机に向かう小学校6年生の女の子、千沙。 その横で、臨時の椅子に腰掛けている 制服を着た眼鏡の男の子。 和哉だ。 和哉は、東京の私立中学校に通う2年生。 千沙のお母さんの大学の頃の友人の息子で この夏休みを使って、片道2時間半かけて 週に1回、千沙に勉強を教えに来ていた。 「最近は、勉強勉強の毎日?」 「うん、夏休みの課題も終わらせちゃったし  もう受験に向けてラストスパートだよ。」 「随分早いスパートだな。」 「ひひ、中学受験生にとって  夏は勝負の季節なんだから!」 「お、言いますね~。」 「…って、和兄がそう言ってたんじゃん!!」 「あ、そうだっけ。」 「えー!?ちょっとー!」 からかう様に笑う和哉。 それに同調するように、満面の笑みを浮かべる千沙。 こんな時期に勉強ばかりしている小学生なんてものは そうそういない。 でも、千沙にとっては全く苦ではなかった。 その理由が、今この瞬間にあることは、言うまでもない。 無論、千沙が目指している中学校と言うのは 和哉の通っている中学校だった。 「そう言えば、なんで千沙ちゃんは  そんなに東京の中学校に行きたいの?  周りの子はみんな  地元の公立中学に行く子が多いしょ?」 「そりゃあ…うん、わたしぐらいだよ。  私立中学になんて行こうとしてるの。」 「お母さんから強制されたわけでもないんだよね。  友達とも離れ離れになっちゃうわけだし…  相当の理由があると見た。」 「それは…、い、良い高校や良い大学に  し、進学したいから…かな。」 「おぉ~。」 ギコちなく優等生発言を放った千沙を 賞賛の目で見つめる和哉。 そんな和哉に、もしくはそんな発言をした自分に 恥ずかしくなったのか、頬を染める千沙。 「…そ、それに!和兄と一緒の中学校行きたいし!!」 「お、それは嬉しい理由だな。」 千沙の本心は紛れもなく、それだった。 「もし受かったら、東京に引っ越して来るんだよね?」 「うん、小学生が通えるような距離じゃないし。  お父さんが今住んでるところに  お母さんと一緒に移り住む予定だよ。」 「そっか、それはお父さん喜ぶね。」 「うん!」 千沙は今、母親との2人暮らし。 父親は千沙が小学校4年生のときに 会社の都合で1人東京へ。 母親も千沙を連れてついていく予定だったが 千沙がどうしてもここを離れたくないとごねたため 母親と2人、ここに残る形となった。 「東京ってスゴい?」 「え?何が?」 「え、だって東京ってスゴいって良く聞くし。」 「はは、東京来たことないんだっけ?」 「うん、1回もない。」 「そか…、うーん、まぁここよりは都会かな。」 「そりゃそうでしょ~。ここド田舎だもん。」 「はは、でも俺ここの雰囲気も好きだけど。」 「だって家から一番近いコンビニまで  自転車で15分だよ?  それにバスだって20分に1回とかしか来ないし。  意味分かんない!」 「はは、いろいろご不満がある様で。」 「…い、いや、別に嫌いってワケじゃ…ないんだけど…。」 「分かってるよ。」 ついペラペラと愚痴ってしまった自分に 少し照れる千沙。 「そ、そだ。この前の約束…!」 「ん?」 「だ、だからぁ…。」 「…あぁ、もし合格したら  何か1ついうこと聞いてあげるってやつ?  決まった?」 「う、ううん、まだ決まってない、考え中。」 「そか。  まぁタイムマシーンが欲しいとかはやめてくれよ。  現実的なものでよろしく。」 「そんなこと言わないから!!」 淡々と喋る和哉に、終始嬉しそうに受け答えをする千沙。 「…よし、じゃあ間違えたトコ  一緒に確認してこうか。」 「うん!」 週1でしか逢えないんだもん。 しかも夏の間だけ。 この時間を大切にしたいけど 勉強を教えに来てくれてるんだから 本業を怠るわけにはいかない。 でももし合格すれば きっと毎日のように逢えるんだよね。 これはもう、頑張らない理由がない。 隣りで燦然と輝くアルタイルを横目で見ながら 千沙はニヤけながらも、目標を改めて確認していた。
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