小説

夏の大三角 15

『夏の大三角』

時は流れ、季節はとうに夏に別れを告げ 大空に燦然と瞬いていた3つ星も いつしか姿を消して 秋を飛び越え、冬を経て、春になろうとしていました。 千沙は、夏休み後も先生の忠告を守り 毎日の勉強を欠かすことをしませんでした。 加えて、こちらも先生の忠告通り それと両立、もしくはそれ以上の気持ちで ここでの、おそらく残りわずかな生活を楽しむことも 怠りませんでした。 和哉は、夏休み後、今日に至るまで 千沙たちの町に来ることは ほとんどありませんでした。 お正月に1回、母親と顔を見せに来た程度。 その際も、合格するまで我慢…と言う千沙の意志から 夏のように深く話すこともありませんでした。 陸は、夏休み後も学校で、夏前と変わらず いつものように千沙と接しました。 ちょっかい出したり、いたずらしたり 勉強の邪魔をしたりもしていたけれど 笑顔の絶えない どこから見ても仲の良い2人でした。 千沙は、東京の学校に受かりました。 千沙は心から喜びました。 夏からの毎日の勉強がようやく報われたのです。 でも、どこか迷いがありました。 和哉は、その知らせに喜びました。 初めての教え子の頑張りに、素直に感服しました。 でも、気がかりなこともありました。 陸は、千沙の合格に、いつものようにぶっきら棒に でもちゃんと「おめでとう。」と言いました。 いつものように笑顔でした。 でも、心の中は複雑でした。 三者三様の思いのまま、千沙の東京への出発日。 迎えにやってきた和哉。 学校で別れは済ませているけれど やはり千沙の家に来てしまった陸。 2人の到着がほぼ重なり 初めて3つの星が 1つの場所に集まりました-。 … …… 「…な、なんで兄ちゃんがいるんだ!?」 千沙の家の前の角から、玄関先を見つめていた陸が 千沙に手を引かれ家に入っていく和哉を見つけ 慌てて駆け寄り2人に声をかける。 目を真ん丸くして驚く陸。 陸の登場と、陸の発言に困惑する千沙。 久々の2人同時の再会に懐かしがりながらも こりゃまいったといった様子の和哉。 「陸…なんで?  って言うか陸、和兄のこと知ってるの?」 「知ってるのも何も…、兄ちゃんだ。」 「え!?きょ、兄弟!?  …いやでもだって陸って1人っ子だったはず…」 「…いやそうだけど、とにかくオレは  兄ちゃんのこと知ってるんだよ、なぁ兄ちゃん。」 「な、なんで~?何つながり??」 「いやね、これはね。」 「どういうことだよ兄ちゃん!!」 「和兄ぃ!!」 「はは…」 やれやれ、どこから説明するべきか… 2人からの尋問に困り果てながらも 仕方なく、細かく夏休みの出来事を話していく和哉。 「…そ、そうだったんだぁ…。  だからあの時和兄あんなに…  …言ってくれればよかったのにさ。」 「いや、なんとなくね、もしかしたら  違うかもしれなかったしね。」 「こんな田舎でそこまで当てはまるの  こいつくらいしかいないよ。」 「おい!こいつとはなんだこいつとはぁ!  ってか…兄ちゃん!裏切ったなぁ!!」 「…ちょ、ちょっと待てちょっと待てっ!!  俺がいつどこで何を裏切ったっ!?」 「いつどこでって…それは…」 頭がこんがらがって、3人の関係が いまいち理解できなくなってきた陸は それでもとりあえず1つ確実に分かることを見つけ 千沙と和哉を交互に見ながら小さく呟く。 「アルタイルが兄ちゃんだったなんて…  そりゃねぇよ…。」 肩をガックリ落としながら地面を見つめる陸。 まだ冬の寒さが残る中、早くもTシャツ短パンな姿が なんとも可笑しい。 「…ん?」 「ちょっ!!何言ってんのよ陸っ!!」 「だってそうだろうよ。」 「ん。」 「あ、ご、ごめんっ!何でもないからっ!!」 急に取り乱したように顔を赤くする千沙。 鋭い眼差しを和哉に向け 悔しそうに少し歯を食いしばる陸。 全てのことを把握しつつも 居心地の悪いこの状況に、困惑する和哉。 「ってか陸っ!!何しにきたのよ。  この前もうお別れしたじゃん。」 「う、うるせーな。  ちょっと通りかかったら兄ちゃんがいて  気になったら声かけてみただけだっ。」 結局千沙も陸も、照れて顔が赤くなる。 そんな2人を親のような気持ちで見つめる和哉。 「それに1つ、聞き忘れたことがあった。」 2人とも見慣れた顔、急に男前な顔になり 千沙を見つめる陸。 不覚にもドキッとする千沙。 「兄ちゃんもいるし、…丁度いいや。」 和哉を見つめる陸。 …不覚にもドキッとする和哉。 予想以上に緊張していることに気づく陸。 「…何。」 「オレ、デネブなんだよな。そうだよな。」 「…は?」 「は、って…  何度も言わせるなよ。千沙が言ったんだろ?  オレがデネブだって。」 「…あ、あぁ。…言った…かも。…それが?」 「千沙が東京に行ったら、オレはどうなるんだよ。」 「どうなるって、何が。」 顔が真っ赤の陸、と千沙。 2人のやり取りに、ニヤニヤの止まらない和哉。 「デネブでいいのかよ。」 「いいじゃん、なんでも別に。」 「よ、良くないっ!!あの三角形の形忘れたのか!?  デネブはいつもベガの側にいるだろ?  オレには務まらないだろっ。」 「…もう良く分かんないっ!今日の陸変っ!!  和兄もうこんな奴ほっといて家にはい…」 「…東京行くなら、オレを彦星にしろっ!!」 真っ赤の顔でそう叫ぶ陸。 和哉の腕を取り、家の中に向かおうとする千沙も その言葉に、顔を染まらせて静止する。 相変わらず、微笑む和哉。 「…いい…か?」 不安の色を漂わせながら、それでも男らしく 婉曲ではあるが、初めての告白をする陸。 「…勝手にすれば。」 和哉の腕を掴んだまま、俯きながらも 小さくそう応える千沙。 「よし。」 これ以上ないまでに紅潮した顔の頬を緩ませ 満面の笑みを浮かべる陸。 でもきっと、それ以上に今照れているのは 他でもない千沙だと言うことを 陸も和哉も、十分すぎるほどに理解していた。 「…そうだ、じゃあ最後に。」 そう言うと陸は、外だというのに 徐にあることをする。 その姿に和哉は思わず目を丸くして驚く。 「千沙、こっち向け~。」 「……。」 「千沙、は、早くっ!!」 「………。」 (くすくすくす…。) (やぁだぁ。) 道行く人々の笑い声が陸の耳に響く。 「…千沙ぁ!!!!」 「…何よっ!!」 真っ赤の顔をようやく振り向かせ、陸を見る。 そのその姿に唖然とする千沙。 そこには、青空の下、短パンとパンツを足元までズリ下げ Tシャツまでめくりあげた 恥ずかしすぎる姿の陸がいた。 「…ちょっとだけど」 周りの視線を感じながら、最上級に照れながら それでも笑顔で自分の大事な部分を指差す陸。 「…毛が生えた。」 その指の先には、産毛のように細く薄くも それでも毛には間違いないものが1本だけ、生えていた。 それを目の前で見て、和哉ですら見たことのないような 羞恥の絶頂のような顔になる千沙。 「…さいってーーー!!!」 陸のまさかの行動に、完全に動揺しきった千沙は そう言い放つと、1人家の中に入っていった。 「…千沙、照れてたよな。」 和哉の顔を見ながら、誇らしげにそう言う陸。 「…あぁ、そ、そうだな。」 目のやり場に困りながら 結局は陸の少し大人になったちんちんを 男同士だしと、まじまじと見つめる和哉。 寒いだろうに…完全に縮こまってしまっているそれが 北風に揺らされ、ぴょこぴょこ動く。 「…そ、それより、もういいだろ。」 なぜか自分まで恥ずかしくなってきた和哉は 陸の側に近づいていき 足元にくるまっている2着の薄い衣類を 陸の腰の辺りまであげてやる。 いつの間にか、こんな田舎の一角に 小さな人だかりができていた。 「…なんで兄ちゃんが照れてんだ?」 「う、うるさいっ、黙れっ。」 「ちょっと和兄!  そんな変態ほっといて早く中入ろっ!!」 まだ赤を顔に引きずりながら、玄関から出てきた千沙が 和哉の手にしがみつき、家に引き込もうとする。 「ちょ、ちょっと!2人で何するんだよっ!!」 「うるさいっ!これから和兄とお風呂に入るのっ!!」 「えぇ!?」 「ちょ、え、きょ、今日だったのか!?」 「そう!今日入るのっ!!  …あ、アンタのなんかと  比べ物にならないんだからっ!!」 「ちょ、千沙ちゃんそれどう言う…!!」 「ちょっと待てっ!お、オレも一緒に入るっ!!」 「こらっ、ついてくんなっ!!」 「オレは彦星だぞっ!!  彦星の許可なく2人で風呂なんて…!」 「和兄だって、彦星だもんっ!!」 「はぁー!?なんだよそれっ!?」 「…こ、こらちょっ…!!!」 「織姫様と彦星様と彦星。  オンリーワンだなんて思うなっ!!」 「えー!?聞いてねぇぞそんなんっ!!  ってか様くらいつけろっ!! 「こ、こらって…!!」 …… … -冬空にも負けず、光り輝く3つの星。 1つでも欠けたら成り立たない、夜空のトライアングル。 冬の間も春の間も、きっと変わらず笑い続け 夏になればまた、その姿を見せてくれるでしょう。 忘れた頃にでも、夜空を見上げてみてください。 彼らは今日も、元気です。
- おしまい -
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