夏の大三角 ３

『和哉と陸』

「…はぁ。」

都心から離れたとある田舎町の河原。
和哉は腰を下ろし、川の流れを眺めていた。
東京とは違い空気が美味しい、それは間違いない。

母親の友人の娘の臨時家庭教師として
この夏休み、週に１回、ここを訪れていた。
２つ年下、小学校６年生のその子は
和哉と同じ中学校を目標に、日々勉強に励んでいる。
夏休みになって２回目の訪問だったが
どうやらその子に、好かれてしまったらしい。

「…まぁ、いいか。」

－ジャリ、ジャリジャリ。

「……。」

－ジャリ…、ポイッ、ジャリジャリ…

「…あいつ、何してるんだろう。」

和哉が腰を据える位置からすぐの場所で
男の子が１人で遊んでいる。
遊んでいる…？にしては顔がやたら真剣に見えるが…

声が届きそうな距離にまで
その少年が近づいてきたあたりで
和哉は声を掛けてみる。

「…何やってるんだ？」

和哉の呼びかけに、一瞬自分の動作を止め
警戒心剥き出しの鋭い目つきで和哉を睨んでくる少年。
俺そんな怪しく見えるかな…

そしてそのまま、何の反応も起こすことなく
自分の動作へと戻る男の子。
…シカトかよ。

白いＴシャツに短パン。
それにサンダルだけと言う、石だらけの河原で遊ぶには
少し危なっかしい格好に見えるその少年は
悠々と和哉の目の前を通り過ぎていく。
石を手に取って、それを投げ捨てて…
どうやらその繰り返しをしているようだ。

「…何か探しモノでもしてるのか？」

通り過ぎる少年を引き止めるように
再び声を掛ける和哉。
その声に、鋭い目つきを更に細くした顔つきで
和哉に振り返る男の子。

「…アンタ誰。」

どうやら完全に疑われているらしい。

「…ここら辺の人じゃないでしょ？兄ちゃん。」

…なるほど、これが田舎クオリティーか。

「まぁね、ちょっとワケあって
　たまにこっちに来てるんだ。
　普段は東京の方に住んでる。」
「東京？東京って…あの東京？」
「…ん、うん、多分、その東京。」

子供の質問は、たまに良く分からない。

「ふ～ん、東京の人…なんだ。」

両手に大量の石を持ったまま
どこか感慨深そうにそう呟くその少年。

「んで、君は何してんだ？そろそろ日も暮れるぞ。」
「石探し。」
「石探し？」
「そう、石探し。」

ふーん、実に子供らしい遊びだな。

「…って、石なんてそこら中にあるぞ。
　なんなら今君が手に持ってるのも、実は石だぞ。」
「からかうなよ。」
「…す、すまん。」

強気な少年だな…。

「普通の石じゃ駄目なんだ、出来るだけ丸い石がいい。」
「丸い石？」
「そう、丸って言うか…球形？ボールみたいな。」
「それってなかなかないんじゃないか？」
「だから探してんジャン。」

頭の悪い兄ちゃんだな…
そんな風に思われてるように、和哉は感じた。

「石を集めるのが好きなのか？」
「別に、オレそんな地味な趣味持ってない。」
「…んじゃなんで？だいぶ必死そうだけど。」

和哉の問いかけに、少し迷ったような顔になり
でもまぁいいかと思ったのか
その問いにその少年が答える。

「丸い石を７つ集めるんだ、７つ。
　そうすると、どうなるか知ってるか？」
「…さぁ。」
「…誰にも言わないでよ？ドラゴンが出てくるんだ。」
「はぁ…。」

漫画の見すぎか？
…いや、これが子供心ってやつか、実に無邪気だ。

「それでな、そのドラゴンがな…」
「何でも１つ、願い事を叶えてくれるのか？」

突然の和哉の割り込みに、鋭い目を見開いて驚く少年。

「…なんだ、知ってんジャン。」
「いや、たまたまだよ。」
「…ふ～ん。」

疑いの目つきは、一向に緩むことはない。

「…で？何を願うんだ？」
「……。」
「ん？」
「…そんなの…、オレの勝手だろっ！」

急に怒ったような顔つき、声になり
和哉にそう言い放つ少年。
そして、そのまま顔を逸らし、丸い石探しに戻り
和哉から少しずつ離れていく。

…変な奴だな。
少し体勢を崩したら、足を怪我してしまいそうな姿に
ヒヤヒヤしながらも
特別その少年にこれ以上干渉することもなく
和哉はその後ろ姿を目だけで見送る。

－ふと空を見上げると、暗くなり始めた空に
少しずつ星たちが瞬き始めていた。

何故か一番最初に視界が捉えたのは
夏の大三角。
ベガとアルタイルと…、あと…何だっけ？
…
……
…と

「…そろそろ帰るか。」

そんなどうでもいい疑問を拭い去って
和哉はその河原を後にした。