夏の大三角 9
『相談』
無償臨時家庭教師の仕事を終え いつものように例の河原に出向く和哉。 探すのはもちろん例の少年。 …どこかな、と、探すのも束の間 「おーーい!!」と和哉を呼ぶ声が。 …眼鏡越しに目を細めてそちらを見つめると 間違いない、あの少年がこちらに手を振っていた。 「こっちこっち。」 手招きをして和哉を引き寄せる少年。 自分が動く気はないらしい。 …まぁ、実に彼らしい。 「よぉ。」 「よぉ、じゃねーよ。今日は遅かったじゃん。」 遅かったじゃんて… 会う約束とか、全くしてないっての。 でも、いつの間にか週1で会うのが 当たり前になっている不思議な関係性と それを当然だと思っている少年が 和哉にはなんだか可笑しくて仕方がなかった。 「今日も石探しか?」 「いや、まぁ、それはもう終わった。」 そう言って、自分のポケットを触る少年。 その膨らみは、“とても丸い石在中”と 謳っているようだった。 「…7つ目だな。」 「…うん、7つ目、…揃っちゃった。」 感慨深そうにそうこぼす少年。 何故和哉が それが7つ目だということを知っているのか そんな疑問を忘れるほど 少年は今頭の中が違うことで一杯だったらしい。 「…そ、そんなことより!!大変なんだ!!」 ハッと思い出したように 細い目を丸くして和哉にそう告げる少年。 完全に取り乱している。緊急事態らしい。 「―風呂!?」 少年から話された内容は、実に滑稽なものだった。 どうやらその例の女の子が 彼に、一生にお風呂に入ってほしい と頼んできたらしいのだ。 それで、その約束の日が今日で、正にこの後、らしい。 「…なんでまた急に。」 「…知らねぇよ。いきなり言われたんだから。」 恥ずかしそうに、でも少し嬉しそうに 表情が面白いように変化する。 きっといろんな感情が ぐちゃぐちゃになっているんだろう。 …と言うか風呂ってあの子… もしかして…、予行練習とかか?全く… 「…どうすればいいんだ?」 真剣な眼差しで和哉を見つめてくる少年。 きっと今日の今日まで1週間 今日のことをずっと考えてきたのだろう。 でも、結局いい解決策を見つけることも出来ず 今日に至った、のだろう。 「どうすればって言われてもなぁ… 普通に一緒に入ってくればいいじゃないか。 こんな機会滅多にないぞ。」 全く役にも立たないような助言を 意地悪にもぶつけてやる和哉。 「そんなぁ、兄ちゃ~ん…。」 いきなり甘えてこられても…それはズルいぞ。 「じゃあ1つ、アドバイスをやろう。」 「お、な、…なに?」 体ごと和哉に向けて目を見つめてくる少年。 「…女の子とお風呂に入るんなら タオルなんか絶対に使っちゃだめだぞ。」 「ぅえ!?」 驚愕の眼差しを和哉に向けてくる少年。 みるみる内に顔が紅潮していく。 「そ、それって、つまり…」 「そーだ、男なら黙ってフルチンだ。」 悪いと思いながらも、和哉は少年に それを当然のことかのように言ってやる。 何故か、悪戯したくなってしまう。 「その子がタオル巻いて入ったとしても 攻めちゃ駄目だぞ。 君だけが素っ裸で入るんだ。それが普通なんだ。」 「オレだけ…素っ裸。」 地面の砂利を見つめながら、紅潮する少年。 「隠したりしちゃ、駄目か…?」 「駄目だ…とは言わないけど 男らしくはないよな、ガッカリされるぞ。」 「そ、それは…、嫌だ。」 「だろーな。」 「…フル…チ……ン…、ま、マジか…。」 「そうだ。それが、男ってもんだ。」 極めつけの一言を言い放つ和哉。 その言葉を言えば、その少年がそうしてしまうと 和哉は何故だか確信を持っていた。 嫌な兄ちゃんだな…と、和哉は自分に罵声をぶつける。 「…で、でもっ!!」 これから自分がするであろうことを想像してか すでに恥ずかしさのピークに達している顔を上げ 和哉に向けてくる少年。 「またこの前みたいに笑われるのは… 嫌…だぞ。」 どうやら、既にこの前見られたときの事を 思い出していたらしい。 …確か、「可愛い。」と言われた…とかだったはずだ。 「そうか、…でも 今のままだったら、前みたいに笑われるのが オチだよな。」 「そ、それは嫌だっ!!!」 細い二重の瞳がウルウル輝いている。 あの恥ずかしさ、屈辱は誰にも分からない… そう訴えているようにも見える。 「じゃあなんか策を考えてかなきゃな…」 「…策?」 切実と言わんばかりの少年の瞳に 流石に少し罪悪感を感じながらも 和哉は思いついたように更に続ける。 「…俺に1つ考えがある。」 「…な、なんだ?」 そう言うと、おもむろに自分のカバンを開け あるものを取り出す和哉。 「…え?それがどうしたんだ?」 「まぁまぁ、これできっと笑われないさ。」 夜はすっかり更けていた。 -ホントに笑われないのかなぁ…。 どこかの星が、囁いている。