小説

曖昧サンドイッチ 1

「ありがとうございましたー!!」 熱気に満ちた室内に、子供たちの元気な声が響く。 久音ヶ丘空手道場、本日の稽古終了の合図である。 着替える子、そのまま帰路につく子、 残って師範代に訓練をしてもらう子。 そんな中、道場内隅、空手着の上を脱ぎ、 一際目立つ体を晒す男の子が1人。 滝本家長男、滝本福、小学6年生。 場内でも有数の、黒帯保持者である。 小麦色に焼けた肌、程よく引き締まった体。 そこにタオルを宛がい、汗の滴を拭き取っていく。 ふぅ、疲れた。、…と、 「おぉ~!大分引き締まってきたなぁ~、福。」 稽古を終えた師範代が、その肉体美に気づき、 嬉しそうに近づいてくる。 「い、いや別に。」 師範代の笑顔に、少し照れながらも笑顔で応え、 失礼のない速度で背を向け、下の道着に手を掛ける、…と、 「いやほんとに、いい体してるわ~。  ねぇ?」 「うんうん、かっこい~。」 近くにいた他の子の付添いのお母さんが、 意見を求める師範代に大きく頷く。 「子供の体に興奮しちゃってるんじゃないの~?」 「やだ~、言わないで~。」 「はっははは。」 戸惑う福などお構いなしに、大人げなくからかう大人2人。 早いとこ… 2人の目を盗んで、着替えに戻る。…と、 「ちょっと、ほれ、グッと、力入れてみ。  グッと。」 丁度下の空手着を脱ぎ終わったタイミングで、 嫌な注文が飛んでくる。 「い、いや、いいっすよ。」 「なぁに恥ずかしがってんだぁ福。  ほれほれ、やってみ。」 周りの生徒やお母さんたちが、そのやりとりに気づき、 気づけば、室内の視線が福に集まり始めていた。 うわぁ最悪…。 でもこの状況、…やるしかない。 無心になり、体を向け直し、パンツ一丁で、 ―グッ。 綺麗に割れた腹筋。その筋道を伝う汗。 「おーーーーーーー!!!」 道場内に歓声が響く。 ―パチパチパチパチ。 加えて、何故か拍手。 「大人顔負けだな~。」 「ねぇ~、うちの旦那に見せてやりた~い。」 「私も~。」 「い、いやそんなっ…。」 「はっははは。」 注目されることがあまり得意ではない。 ただただ照れる福。…と、 ―グイッ。 おもむろにパンツのゴムを引かれ、その中身を師範代に覗かれる。 驚き、慌ててその手を振り払う福。 「こっちはまだ、子供みたいだな。」 なっ…!! 「ちょっと~~~!!」 「いやぁ~~~ん!!!」 「いいなぁ~!とか言って(笑)」 「はっははは。」 大盛り上がりの道場内。 福はもう、何も言えずに、ただただ猛スピードで、 着替えを済ませる。 「…お、お疲れ様でしたっ!!  失礼しますっ!!!」 火照る顔を見られないように、 いつもより少しだらしないお辞儀を済ませ、 そそくさと道場を後にする。 「…ふぅ。」 いつもの5割増しほどの疲れに、思わず溜息が出る。 …と、 ―チリンチリン。 どこかで聞いた音。無論、自転車のベルの音。 その先には、 「遅いぞ~。」 気づいた福に、足漕ぎで近づいてくる女の子。 滝本家長女、滝本愛、中学3年生。 久音ヶ崎中学校のソフトボール部に所属している。 「なんだ、姉ちゃんか。」 「なんだとはなんだ、せっかく迎えに来てあげたのに。」 「別に頼んでないし。」 「ふん、可愛くない奴。」 ほら、と一言、福の荷物を預かり、 自転車のかごに放る。 「練習は?」 「ちょっと早めに終わったから、寄ってみた。」 「ふ~ん。」 ソフトボール部の練習は、なかなかハード。 いつも帰りは7時を過ぎる。…と、 「よしっ、走るよ!」 「え。」 姉の発言に、一瞬頭を傾げる弟。 そんな弟には構わずに、一気にギアを上げる姉。 「ちょっ。」 「ほら~、もたもたすんな~。」 悠々と先に進む愛。 いや、今俺めいいっぱい稽古してきたんだよ。 ………。 何しに、迎えに来たんだよ。 「ボーっとすんな~、ほらピッピッ!ピッピッ!」 ……。 「はぁ。」 疲れた体に鞭を打ち、駆け足で愛を追いかける。
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