曖昧サンドイッチ 11
「それでさ、ホントに1000本ノックとかやるわけ。
ホント死ぬかと思った~。」
「1000本、うへぇ…。」
「まぁ実際、余裕だったけどさ。」
「はいはい。」
愛と福の部屋。
2段ベット下で横になる福と、勉強机の椅子に座る愛。
就寝前の姉弟の会話。
ついさっき帰ってきたばかりの、
ソフトボール部の合宿の話。
「でね、それからさぁ…」
まだまだ話したりないらしい。
…けど、そろそろ…。…と、
―ギィ………。
昨日のように、ゆっくりと開くドア。
隙間からヒョコッと、不安そうな舞が顔を覗かせる。
来た来た。
部屋の中に、愛の姿を確認して、少し怖気付く舞。
咄嗟に、目線を逸らす。
大丈夫大丈夫…。
「舞、おいで。」
優しく手招きをする福。
それを確認し、無言でタタタッと部屋の中へ。
手を広げる兄の胸の中へ、一目散に飛び込む舞。
その光景を、目を丸くして見つめる愛。
ただただ、驚いている様子。…と、
―トットットッ……。
しばらくもしない内に、ベッドの上へと登り、
ゴロンと横になってしまった。
「…………。」
「…………。」
沈黙の姉妹。
「姉ちゃん。」
下から福が呼ぶ。
「…………。」
「姉ちゃんっ。」
「…なに。」
「ちょっと下りてこいよ。」
「…なんで。」
「いーから。」
「…だからなんでっ。」
「いーからっ。」
「…………っ。」
―トッ…トッ…トッ………。
仕方なく、ゆっくりと下りてくる愛。
再び、椅子に座る。
「なにか。」
ぶっきらぼうに答える姉。
「まぁまぁ、いいじゃん。
たまには3人で話そうよ。」
「…………。」
「…………。」
だんまりの2人。
「ほら舞、顔上げて。」
兄の体にうずめる顔を、恐る恐る上げ、
とても不安そうな顔で、福を見つめる。
いつもの笑顔はない。完全に怯えている。
そんな舞に、微笑み返してやる兄。
「ってか、2人仲良かったんだ。」
意外そうに、でも、興味もなさそうに、そう言う姉。
「そりゃ、兄妹だからな。」
当然だろ、と弟が答える。
舞が、兄の手をギュッと握る。
「ほら舞、姉ちゃんの方、向いて。」
福の命令に、少し躊躇いがちにも従う舞。
………。
姉の目は見れない。
「何がしたいわけ?」
だんだんイライラしてくる愛。
「まぁまぁ。」
落ち着いて落ち着いて。…ふぅ。
「せっかくの姉妹なんだからさ。
もうちょっと仲良くしたらどうかな~、って。」
意を決し、一気に核心に迫る福。
「…………。」
「…………。」
だんまりの2人。
「舞はな、ホントは姉ちゃんのこと好きなんだもんな。」
なっ、と、優しく舞の頭を撫でる。
「はぁ?」
何言ってんの?と、愛。
怯える舞。
「ホントだよな~、舞。」
大丈夫大丈夫と、舞に言い聞かせるように、
終始穏やかに、仲介役に徹する福。
昨日、福兄ちゃんは愛姉ちゃんのことを好きって言った。
だから、じゃあ舞も好きって、言った。
確かに言った。
「…うんっ。」
精一杯勇気を出して、応える舞。
「言わされてる感満載なんですけど。」
一蹴する愛。
「そんなことねぇって。な?舞。」
「…………。」
「ほらね。」
くだらなそうに、愛。
「大体私のことなんて、好きなわけないじゃん。
ほとんど喋ったこともないのに。」
「…い、いや。そう言うこと……、」
「むしろどっちかって言うと、嫌いなんじゃない?
絶対そうだよ、こんなんだもん。
ねぇ、私のこと本当は嫌いなんでしょ?
嫌いだよね?嫌いなんだよね?ね~?」
「姉ちゃんっ!!」
さすがに怒る福。
小刻みに震える舞を、そっと抱き抱える。
「なんでそういうこと言うんだよっ。」
「なんでって?事実を言ったまでよ。」
「そう言う言い方はないだろっ。」
「それはすみませんでした。」
「…なんで、仲良くしてやらないんだよっ。」
「…別に。
仲良くする理由がないから。」
「なんで…!!」
「…うるっさいなぁ!!」
イライラがピークに達し、立ち上がる愛。
………っ。
「だってその子、
私の妹じゃないもんっ!!!」
……………。
急に静まり返る部屋。
福の体中から、冷や汗が噴き出す。
……。
福を掴む舞の手が、するすると力を失う。…と、
―タッタッタッタッ……!!!
何も言わずに、小走りで部屋を出ていく舞。
「舞っ!!!」
………。
…、
「姉ちゃんっ!!!」
泣きそうな顔を伏せながら、ベッドの上に登る愛。
「言っていいことと悪いことがあるだろっ!!」
「…うるっさいなぁ!!!
私合宿で疲れてるのっ!!寝るっ!!!」
「………っ!!!」
慌てて部屋を後にし、舞を追いかける福。
………。
舞とお母さんの部屋の前。
ドアが閉まっている。
耳を澄ますこともなく、中から聞こえてくる、
舞のすすり泣く声。
お母さんが、驚きながら、なだめている、
に、違いない。
……。
中に入る、勇気がない。
………。
…どうしたものか。最悪だ。