雑草と太陽 13
(2012年7月11日 22:00)
いろいろと考える頭など、もうあるはずもなく、
ただ無心で、校庭の端、目立たないあの木陰へと向かう。
当然のごとく、そこにノリはいて、
当然のごとく、いつもの見慣れ過ぎた動作を繰り返していた。
僕は、自分でも驚くぐらい、全く躊躇うこともなく、
ズカズカと、そのスタート地点まで歩を進める。
「………。」
僕の姿を一瞥するも、表情一つ変えずに、
きっと僕の存在なんていないものとみなして、練習を続ける。
なんで、…なんでだよ、…ノリ。
なんであんなこと…、
「ノリ…。」
かすれ切った声がなんとか口外に漏れて、ノリの耳にそれが響く。
「…また笑いに来たのか?」
僕の顔など見ず、吐き捨てるようにそう呟き、また走り出す。
そんなわけないだろ、あれは完全な誤解で…、でも、
今はそこを噛み砕いている余裕なんて、あるはずなくて。
「なんで、…なんであんなの、承諾したの…?」
戻ってくるノリに、問う。
「…お前には、関係ないだろ。」
また走り出すノリ。
関係、…ないかもしれないけど、
関係、大アリなんだよ、…僕にとっては。
やだよ、もう想像したくないよ、だって…、また、
「また…、みんなに…、
ちん…こ、…見られちゃうんだよ…?」
ちんこ、なんて、普段恥ずかしくて絶対言わないけど、
自然と口から、零れ出ていた。
「………。」
僕の確認に、ノリは返答なくまた走り出す。
歯を食いしばっていたのが、なんとなく頬の強張りから、
見てとれてしまった、気がした。
その後もノリは、僕の存在はいよいよ完全に無視して、
ただただ、走っては戻ってを、坦々とこなす。
走れば走った分だけ、結果に繋がると思っているんだろう。
あとちょっと頑張れば、鹿島に勝てると思っているんだろう。
きっと今までがそうだったから。
でも、駄目だよ。ノリ。
それじゃあまた、同じことの繰り返しだよ。
そんなの、本気で頑張ってる人には、絶対に言っちゃいけない台詞だし、
言う権利なんて、僕には、誰にだってない、はずだった。
でも、…でも、…っ、
「それじゃあ、鹿島には勝てないよっ。」
走り出したノリの背中に、震える声でそうぶつける。
きっと今以上に嫌われちゃうに違いない、けど、
ノリのためにも、僕のためにも、言わないといけない、と、思った。
ノリの動きが10m付近で急に減速し、ゆっくりと、止まる。
「…今なんつった。」
大きく息をする背中から、憎悪に溢れた声がする。
…だから、
「だから、
それじゃあ絶対に鹿島には勝てないって言ったんだよっ。」
怖くて、言った後はもっと怖くて、でも、言うしかなかった。
でも、こんなこと言ったら…、
…!?
大きくグルリと振り返り、大股で、凶暴な狼のように突進してくる。
そして、
…んっ!!!
胸ぐらをグァッ!と掴まれ、そのまま真後ろのネットに押しつけられる。
凄い力だ、痛いよ…、ノリ。
殴られるの、かな。
「…はぁ…、はぁ…、はぁ……!!」
もの凄い形相と荒い鼻息。
そのまま、何も言わず、僕を睨みつけてくる。
そんな顔しないでよ、怖いよ…、ノリ。
僕は…、ただ僕はもう…
「もう…、ノリが負けるの…、
ノリが悲しい思いするの…、嫌なんだよ…っ。」
つくづく僕は、弱い人間だ。
こんなところで泣いたって、ノリが困るだけなのに。
スルスルと、強い力が抜けていく。
ノリは優しいヤツだから、離してくれるだろうな、とは思っていた。
別に計算していたわけじゃなくて、心の底から悲しくて、
堪らなくて、涙が出てきちゃっただけなんだけど、さ。
「…………。」
男のくせに泣きじゃくる僕に、どうしていいか分からずに、
頬をポリポリ、所在なさ気に立ちすくむノリ。
ごめんね、ノリ。
結局、居心地の悪さに耐えきれなくなくなったのか、
唐突にもう1本、50mの消化を始めるノリ。
…ごめんね、ノリ。
ゆっくりと戻ってくる姿に、何か声を掛けなきゃと、
涙を袖で拭きながら、必死で考えていると、
「…じゃあ、どうすれば勝てるんだよ。
ユキには、…分かるのかよ。」
予期せぬあちらからのアクションに、
きっとどうしようもなく、間抜けな顔を晒してしまう。
と同時に、こんな状況なのに凄くドキドキしてしまった、のは、
こんな甘えたセリフを言うノリ、初めてだったからだろう。
それに、ユキって、久々に呼んでくれた気がしたからだろう。
なんだか凄く嬉しくなって、何故だか凄く恥ずかしくて、
思わずにやけてしまいそうになる顔の筋肉をグッと抑えて、
僕は、その答えを探す。
でもね、本当はノリのその言葉、僕はずっと待っていたんだよ。
だって…、ずっと、きっと、多分絶対、
誰よりも頑張るノリを見てきたのは、僕だもん。
ノリのいいところと合わせて、
ノリの悪いとこ、駄目なこと、鹿島と違うとこ、鹿島よりも劣るとこ、
両手の指を全部使えるくらいには、挙げられる自信がある。
それを全部克服できれば、ノリにだって勝てる見込みがある。
言い切ることなんで出来ないけど、そんな気も、実はしてたんだ。
隠しててごめんね。僕、怖くて、言えなかったんだ。
本当は今でも、やっぱり怖くてさ。
だからさ、確認させて。
「…怒らない?」
「…?」
怒ったノリは、泣きたくなっちゃうから。
「もし、絶対怒らないって約束してくれたら、勝てる方法、
教えてあげられる、かも。」
僕の言葉に、食いつかないわけがないノリ。
「…ホントか?」
「怒らない?」
「ホントか?」
「だから、怒らない?」
「…、怒らねーよ。」
「怖くもない?」
「…怖くも、ねーよ。」
よし、それなら、大丈夫。
「その代わり、」
ん。
「もう泣いたりするなよ。
俺、そう言うの、どうしていいか分かんなくなるから。」
染めた頬をちょっとだけ膨らまし、”さっきは困った”の表情。
キュンってならないわけがない、でも今それは置いといて、
「分かった。」
涙を全部拭き取って、心からの笑顔でそう言った。
ノリが僕を頼ってくれたのなんて、初めてかもしれない。
いや、間違いなく初めてだ。
僕なんかが力になれるのかな、本当は凄く不安だけど、
それ以上に、跳ね上がるくらい喜んでいる自分がいた。
みんなに知らせてやりたい、ノリの凄さを。
誰の目にもつかない、決して日の当らないこんな場所で、
毎日毎日、走って走って、
踏まれても踏まれても、立ちあがって立ちあがって。
まるで雑草だ。そう思う。
もちろん、最上級の賛美の意味を込めて。
でも、いくら踏まれて立ち上がったって、
結果にならなきゃ、辛い。
きっとこのままじゃ、
決して日の目を見ることもなく、枯れてしまう。
雑草はいつまでも雑草らしく?
そんなの嫌だ。
ノリが、僕だって、耐えられない。
なら、
なら僕が、ノリの太陽になるよ。
…なんて、
そんな大役、僕には役不足だって分かっているけど、
誰もやってくれないなら、僕がやるしかないじゃない。
もしもそれで、ノリの役に立てるなら、
そんなに嬉しいことはない。
誰にも言わないけど、ノリにだって言わないけど、
そんな決意を、一人、胸に刻んでみた。
2012年7月12日 00:18
ショタkuneさん凄い
男同志の友情素晴らしい
涙でそう(ノ_・。)