神事 狸相撲 6
(2012年12月5日 00:25)
ただ羞恥を振り切るために逃げてきたはいいものの、
こんな生まれたての姿で向かえる場所など何処にもあるはずがなく。
ざわめきが耳から離れない、でも、
せめて誰からも隠れるように、大きな木の陰にうずくまる海斗。
少しもせずして、誰かがゆっくりと、きっと恐る恐る、近づく。
手にほどけたマワシを握り締めた少年、宏太。
「あ、…あの、…海斗…、あの…」
完全に自分のせいで萎れる海斗に、
かけてあげられる言葉などある訳もなく…、でも、
「あの、さ、…最後にみんなで、…写真撮るって…」
途切れ途切れなりにも確かに伝える、も、
そこから微動だにしない海斗。
「あの…!あとでいくらでも僕のこと殴ってくれてもいいから…!
だから、…その、…お願い!」
…っ。
何が殴ってくれだ、そんなことしたって何も…、
ちくしょー。
右手を股間に添えたまま、ゆっくりと立ち上がる海斗。
自分がみんなを待たせている、そんなダサいことはない。
「ごめん、…ありがとう。」
どうしようもなさそうにお礼を言う宏太から、
おもむろに、解けてしまった自分のそれを奪い取る海斗。
「あっ、ぼ、僕が締めるよ。」
「いーよっ!自分で締める。」
同級生にマワシを占めてもらうなんて、そんなダサいことはない。
でも、
「でも、ちゃんと締めないと、また…」
…そんなダサいことはない。
あーもう、ダセーダセーダセーダセーダセー!!!!
奪い取ったマワシを宏太に押し戻し、
「早く巻いちゃってくれよっ、みんな待ってんだろ!」
両手を後ろにし、巻き待ちの態勢。
また丸出しになる海斗に、申し訳なさと恥ずかしさが溢れ出す。
「…うん、ありがとう。」
それしか言えない。でも、とりあえず今は出来るだけ、
出来るだけそれを見ないように、手早く、マワシを巻く。…
「おっけー。」
多分、これで大丈夫。
確認する海斗。多分、…大丈夫。
「あの…、どうぞ。」
殴ってくれとばかりに、頭を下げる宏太。
きっと本当に、ごめんなさいの気持ちでいっぱいなのだろう。
そんな宏太に海斗は、
―コツンッ。
優しく、拳を、下ろす。
本当は殴りかかりたいのかもしれない、でも、そんなことしたって、
あの子にダサすぎる姿を見られたという事実は変わらない。
「行くぞっ。」
強がり100%、大股歩きで土俵に戻る宏太。
おおお…
少なくとも宏太には、その姿が、めちゃくちゃカッコ良く見えた。
―おー!
―戻ってきた!
―ぱちぱちぱちぱち…!!!
海斗の帰還を、大歓声拍手喝采で迎え入れる観客。
最高潮に顔を赤らめる海斗。
本人にとっちゃあ、恥ずかしすぎる晒し行為である。
「よーし、じゃあ写真撮るぞ~!!!」
チン事件のほとぼりもようやく冷め、締めの記念撮影。
あの子が今何処にいるのか、どんな顔をしているのか、
分からない、分かりたくもない。
今はただ、早く、着替えて、帰って、風呂に入って、
布団の中にうずくまりたい。
今はもう、何も考えたくない。…
「いくぞ~、3、2~、…」
―ポロッ。
…え。
止まるカウント、押されないシャッター、そして、
下半身にあの、嫌な違和感。
足の指先にかかる、普通ならありえない重さ、温もり。
涼しすぎる風が、大事な部分を抜けていく。
間違いない。また、外れた。
―あら~。…
―はっはっは!…
―ん~…っふふ。…
いくら珍事と言えど、2回目は正直寒い。
こんなに恥ずかしいのに、死ぬほど恥ずかしいのに、
ちょっと滑ったような、俺が悪いみたいなこの空気。
なんだよ、なんなんだよもう。
ダセー、ダセーダセーダセーダセーダセー
ダセーダセェダセェ…ダセェ…ダセェダセェダセェぇ…
悔しさと、情けなさと、恥ずかしさと、ダサさで、
堪えきれず、その場で泣き出す海斗。
隠したってどーせダサい、そもそも男のくせに泣いてるとかクソダサい。
もうどうでもいい、ただ立ち尽くす。
「かい…と…」
宏太の声が聞こえる。
誰かが新しいマワシを持って、近づいてくる。
こんなみんなが見てる前で、マワシを締められる、とか―。
んぐっ…っ
振りほどく海斗。驚く、大人の人。
「早く撮っちゃってっ!!」
カメラマンに向かって泣き叫ぶ海斗。
「いや…、でも、…写っちゃうぞ~?ソコ。」
「もういいからっ!早くっ!!!」
はっはは、参ったな~…。頭ポリポリ。
…、ま、載せるときは、うまいこと隠してやればいいか。
ちょっと、可哀想だけど。…よし。
「んじゃいくぞ~!!3、2~、1…」
―カシャッ。
涙を拭いながら、全力でその場から逃げ去る海斗。
…―
なんてことあったな~、なんて、
今もなお続く狸相撲を見ながら思っていた。
今思い出しても恥ずかしいもんな~。
いやあれは、本当に地獄だった。―
「…あ、そうだ。思い出した。」
…え。
「確か、最後海斗が勝って、で、ガッツポーズしたときにマワシが…」
…ゲ。
彼女の横顔が、少しだけピンク色に染まる。
ようやくあのことを思い出したようだ。
…どこまで覚えているのかは今でも恥ずかしくて聞けないけど、
「あっはは。やだ~。」
俺のをガッツリ見たあの瞬間は、鮮明に思い出したみたいだ。
まぁ、忘れてるわけなんてないよな。
「恥ずかしかった?」
嬉しそうに、無邪気に笑う彼女。
「うるっせー。」
「うっふふ。」
恥ずかしかったにきまっとろうに。それこそ、死ぬほど。
……。
でもまぁ、今こうやって、こいつと肩を並べられてるワケだし。
もう、水に流そう。別に、根に持ってたわけじゃないけどさ。
……、
あとで、宏太にメールすっかな。久々に。…なんとなく。
…と、
「きゃーーーー!!!!!!」
「あっはっは!!!」
「あららららら…」
そっくりそのままあの頃がフラッシュバックするような、悲鳴、歓声。
「きゃー。」
隣りの彼女も、嬉しそうに可愛く叫ぶ。
いつの時代も、狸相撲に珍事は付き物、ってか。
はぁ、男はつらいよ。
なぁ少年。
2012年12月5日 13:17
とりお疲れさまでした。
アバウトに書いた続きが採用されていて少し驚きました。
次の作品も楽しみに待っていますね。