小説

夏の大三角 1

『陸と千沙』

あれが、ベガ…、織姫さま。 で…あれが…、デ…ネブ? 「…千沙ぁーーーー!!!千沙ぁーーーーー!!!」 あれがデネブとベガ…だから…アルタイルは… 「千沙ぁーーー!?」 んー…と、…あった!!あれが彦星さ… 「千沙ぁ!!!!」 -バタンッッッ!!! 千沙の部屋のドアが大きな音とともに開く。 誰!?驚きながら振り向いた先に立っていたのは 白いTシャツに短パンを履いた男の子、陸だった。 「ちょ、ちょっと!!勝手に入ってこないでよ!!!」 「勝手にじゃねーよ、何回も呼んだだろ。」 「そう言う問題じゃないでしょ!」 「…あごめん、ノックしてなかったけ?」 「そうでもなくて!  普通人の家に勝手に入ってきたりしないでしょ!?」 「だって、おばさんいないみたいだったし。  鍵開いてたし。」 「…全くもぅ…。」 陸は、千沙と同じここの田舎町に住んでいる男の子。 当然のごとく、千沙と同じ小学校に通っている。 「なんだ?また勉強してたのか?」 「そうよ、アンタと違って  わたしにはもう時間がないんだからね。」 「ふーん、…にしては手にペンも持ってねぇし  ノートも教科書も閉じてあるように見えるけど。」 そう言いながら、陸は嬉しそうに笑う。 「う、うるさいな!ちょっと息抜きに  窓から星見てただけよ!」 ガキのくせに、生意気なんだから…。 「ふーん、星ね。確かに、千沙んちからだと  やたら綺麗に星見えるモンな。」 「ふふん、絶景スポットって、有名なんだから。」 陸は千沙の勉強机に近づいていき その目の前のガラス窓に広がる、星空に目を向ける。 「…千沙にはもったいない景色だな。」 「うるさい!!チビ陸っ!!」 「あ!その言い方やめろって言っただろっ!!」 「知らないね~、わたしの方が年上なんだから  わたしの方が偉いのよ、決定権はわたしにあるの!」 陸はまだ、小学校4年生だった。千沙は小学校6年生。 「大体わたしの方が2つも年上なんだから  千沙って呼び捨てにするのやめてよね。」 「…じゃーなんて呼べばいいんだよ。」 「千沙さま。」 「…馬鹿じゃねーの?大体千沙は千沙だろ。  千沙で問題なっしんぐ。」 「…あっそ。」 再び夏の夜空に視線を移す陸。 「…あ!あれか?千沙がこの前言ってた…えっと…」 「夏の大三角。」 「そう、それそれ。」 陸が、窓に映る三角形を指差しながら それを窓の上から指でなぞっていく。 「それがベガ。」 「あの星?へぇ~、ベガって言うのか。」 「そ、俗に言う織姫さま。  まぁ、わたしにピッタリの星よね。」 「はは、バッカじゃねーの。」 「うるさいなぁ。」 「じゃーオレは?オレはどの星?」 「アンタにふさわしい星なんて、ここにはないね。」 「えー、そんなんセコい!  …んじゃオレあれがいい!!」 そう言って陸は、アルタイルを指さす。 「だーめ!アンタにあの星は似合わない!!」 「なんでだよ!!」 「もう、しょうがないなぁ…、じゃぁあの星でいいよ。」 「あれ?あの最後の1つ?名前は?」 「デネブ。」 「でねぶ?えー、なんかダサい名前。」 「文句言うな。」 「…んまぁ、いいけど。」 でねぶ、でねぶね…、陸が小声で呟く。 「…って言うか、アンタ何しに来たのよ?」 「ん?あー、そうそう、忘れてた。これこれ。」 そう言って千沙に、綺麗なまん丸の石を差し出す陸。 「またそんなモン持ってきたの?  何処で拾ってくんのよそんなモン。」 「へへ。」 誇らしげに千沙にそれを見せびらかした後 千沙の勉強机の端に置かれたアルミ製の箱の中に 大切そうにそれを入れる。 「これで4つ目だな。」 「よくもまぁこんなもの見つけてくるよね…。」 「あ、言っとくけど、絶対捨てたりするなよ!」 「…別に捨てたりはしないけど。  今後もドンドン増えていくようなら  捨てることも考えざるを得なくなるけど。」 「そんなに増えない!!捨てたら怒るからなっ!!」 「はいはい…。」 別にアンタに怒られたって、怖くも何ともないけどね。 「…よし、じゃーまぁ、せいぜい勉強頑張れ。」 「言われなくてもします~。」 「オレが来なきゃ、ずっと星見てたくせに。」 「うるさいなぁ!とっとと帰れぇ!!」 「ほいほい、あばよ~。」 そう言って、千沙をからかう様に部屋を出ていく陸。 全く、何なのよアイツ…。 お陰でペース崩しちゃった。 …再び外の夜空を眺める。 目で探すこともなく、すぐに見つける夏の大三角。 1週間がこんなに長いなんてね。 本物の織姫さまって、本当にタフと言うか 一途だよね。 …明日が待ち遠しいなぁ。 彦星を見つめながら、千沙はそんなことを思っていた。
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