テイク7 scene11
…へ。
…ちょ…、……!?
大量の水しぶきとともに現れた、大志の体。
体の表面を覆う水分が、その体を伝い
小川のせせらぎのように、湯船へとかえっていく。
水しぶきが収まり、浴室が、スタジオが
再び静寂に包まれる。
さっきと同じ…、頭の中で構築されたその映像が
新たなそのシーンによって塗り替えられていく。
…無理だと思った。
思ってた…、のに…
…諦めたのは監督の方じゃなかった。
先に白旗を上げたのは、大志の方だった。
―ぴょこんっ。
両手をグーにし、腰の横に添え
仁王立ちのようにずっしりと立ちふさがる大志。
意外にぽっこり出たお腹。おへそ。
その下に付いているのは…ソーセージ?
今日朝食べてきたはずなのになんでこんなところに…
…なんて言う冗談をかましてないと
精神を安定させることが出来ない。
紛れもない、…これが大志の、おちんちんなんだ。
ずっとお風呂に浸かっていたからかな。
大志のそれの奥にある袋が
しわしわになっているように見える。
…もともとかもしれないけど。
悔しい…んだろうな。
昨日からずっと嫌がっていた、悪夢のようなシーン。
こんなはずじゃなかった…
大志が、露わになった大志のそれが
わたしにそう訴えかけてきているように思える。
動いていないのに、それがぴょこぴょこ揺れるほど
大志の体は恥ずかしさで震えている。
その先端に、下腹部に残った水滴が少しずつ溜まり
溜めきれなくなると、その振動を利用し
その雫を湯船へと落とす。
“最悪だよ…!!”
それは、大志のこぼす悔し涙のようにも見えた…
……って
な、なななに語ってんのよわたし。
こ、この後、この後はどうすれば…!!!
―ザバァァァアアンッッッ!!!!
…へ?
台本の中身を思い出す間のなく
大志が次の演技、…?、…行動を起こす。
…と言うか、単に、再び湯船に浸かってしまった。
…そ、そんな展開だったっけ…?
…え、えと、えっと……、い、いやちが……!!
「カァァアアアーーーーーーットォォォオオ!!」
監督の声で、撮影が途切れる。
そ、そうだよね、…そうじゃ、…ないもんね。
でも、た、大志…
「大志ぃぃぃいい!!!
なんで戻ったんだぁ!?
そんなこと台本に書いてあったかぁ!?」
痺れを切らした監督が、わたしたちの元へ歩み寄ってくる。
「………。」
顔をまっかっかにして塞ぎ込む大志。
「この後は、理奈ちゃんの目の前まで歩み寄って
『…これのことかよ?』だろぉ?
台本の内容忘れちまったのかぁ?
もっかい確認するかぁ?」
大志の目の前までやってきて
やれやれと言った感じでそう告げる監督。
そんなわけないよ、きっと何十回も読んだはずだから。
きっと、中途半端に恥ずかしさに負けて
その結果、一番無意味な、一番恥ずかしい
あんな演技になっちゃったんだろう…。
「い、いや…、大丈夫です…。」
絞るように、声を出す大志。
「そうかぁ?」
そんな大志を見て、3テイク目さえも失敗させたことに
怒りを露わにするのかとも思ってたけど
それとは逆に、何故か嬉しそうに笑みを浮かべている監督。
「まぁでも、なんとか1歩前進だな。
なかなか立派なちんちんだったぞ!」
恥ずかしがる大志をさらにからかうように
そんなことを言いながら、大志の頭をなでる監督。
―はははははっ。
―もーう。
監督のその発言に、静かな笑いに包まれるスタジオ。
…そっか、わたしだけじゃないんだ。
ここにいる、今このスタジオにいる全ての人に
今大志は、おちんちんを見られてしまったんだ。
きっと、マネージャーさんにだって…。
おちんちんを見てしまうかもしれない…
そのことにドキドキしていたわたし、…でも
大志は違った。
わたしだけじゃない…
みんなに、いつも仕事をしてるみんなに
それを見られてしまうと言うプレッシャーと
闘ってたんだ。
ついつい自分のことに必死になり過ぎてて
自分本位になってしまってたけど
やっぱり大志の方が何十倍も恥ずかしかったよね。
大志、…偉いよ、偉かったよ…。
…でも、見ちゃったよ、…わたし。…大志の。
しかも、…NGだよ。…また、NGだよ。
また…、見ることになっちゃうよ。
また、…見れちゃうよ…。
「理奈ちゃんも
大志のちんちんを無駄にしない演技
よろしくなっ!!」
満面の笑みのまま、今度はわたしに振る監督。
…ちょ、…そ、そんな…の……!!
「…は、はいっ!!!」
…としか言えないけど…
すぐにスタンバイ位置に移動するけど…
わたしと監督のやりとりに
またしても大人な笑いに包まれるスタジオ。
子役のわたしたちで…遊ばないでほしいよ…
…大志。大志は今、どんな顔してるのかな。
うん、でももう、やるしかないよね。
…アンタの、アンタの…、む、無駄には
…無駄にはしない…よ……!!
…でも、でも
見ちゃった、…本当に、見ちゃった。
大志の、大事な、…今日の朝食べた…違う…!!
「じゃー次!!決めるぞ~!!
テイク4!!よーい、アクションッ!!」