小説

テイク7 scene15

「ミノル~!!!」 ―ドンッ。 「…なんだよ。」 「アンタ、わたしのビー玉どこやったのよっ!?」 「…はぁ?…知らねぇし。」 「アンタしかいないでしょ!?」 「……。」 ミノル「…うるっせーなぁ。」 ―ザバァァァアアアンッ。 ―ぴょこんっ。 ―ザブンザブーーーーンッ。 視線は、…大志の瞳。OK。 「…これのことかよ?」 ―ガシッ。 掴まれる左手首。気持ちさっきより弱い、…かも。 さっきよりも絶望的ではない笑みに安心し それでもやっぱり自然なものではない…と思いながらも 流石プロ、流石大志…と、賞賛をする。 いける、凄い順調。 …このまま最後まで…ゴールまで……。 全ての力を大志に任せた左手が ゆっくりと、大志の右手と共に降下していく。 その手を、…この手を、 …大志の…、大志の…… おちんちんの上に、押し付けるように… 被せて…… それに当たるか当たらないかのところで ストップする大志の動作。 よし、来た。次はわたしが頑張る番…。 この手を、この手を思いっきり振りほどいて… ……、この…手……を… この……、…手……… 頭上に何度も反芻した最後の過程が 麻痺してしまった体から、シュワーッと抜けていく。 …手、…手を、 …手をどけ…、手が…、手が…あ 手が、…もの凄く…、熱い……。 くだらないことは考えるな…。 今はもう無心で…、最後の演技を決めれば 全てが、全てが終わるんだ…。 でも、どうしても、どうしても気になってしまう。 …考えてしまう。 この熱さは、…この必要以上の温もりは… 大志の…大志の………、…の…温度……。 焼けるように熱い…、手が溶けてしまいそう…。 摂氏100度を裕に越えているかと思えるほどのその温度が わたしの手から脳へと伝導されていく。 大志の…大志のが…、ある… ここに、ある…… この手の中に……、ある…… 一歩間違えば、触れてしまう距離… 見えないけれど、確かに感じるそれ… パーをグーに変えるだけで 簡単に手に入れてしまえる… 二度と来ないこの時… わたしだけの特権…… どんな感触なの…? 柔らかいの…?硬いの…? 本当に、2つビー玉が入っているの…? 本当に、ミノルが、大志が、…盗んだの…? 想像は出来るけど…触って…みたい…な… …ねぇ大志…教えてよ… もういいじゃん、ここまで来たら もうどうなろうが、大して変わんないよね… いいよね…もう… 触っても……触らせてくれても… いいよね… …いい… ……よ…、……ね……… 「…カァァァァアアアットォオオオオ!!!」 ―パチンッ。 わたしの中に産まれた小さな悪魔が 一瞬で消える、音がした。 …わたし、今何をしようと………? …消える、左手首の感触。 いなくなる男の子、…大志。 …水しぶき、…小さな背中…、湯気。 …… ………わたし。 …今…… 「理奈ちゃ~~~んっ!!!」 監督からの呼び声に、わたしは逃げるように セットの奥へと捌ける。 ドキドキドキドキ…… わたし今…、な、何をしようとしてた……? ドキドキドキドキ…… 嘘だよね…嘘…、嘘…だよね……? 「ため過ぎだぞぉ~!!」 ため過ぎ…?ため過ぎって…何を…? ……!!別に…そんな…まだ5年生だし…! そんな、…そんなの…ためるとか… ためてるはずなんか…ないに…… ないに決まって……!!! ―クスクスクス。 ―ハハハハハ。 ―ウフフフフ。 …違う…違うもん……!! わたし…、そんな子じゃないもん……!!! 違う…もん……っ…!!!! 「でも、もうすぐ行けそうだな。  この空気のまま行くぞ~。」 ちょっと待って、ちょっと待って監督… ちょっと、ちょっとだけ落ち着かせて……!! 「…ちょ、…ちょっと…!!!」 …へ? 誰…の声……って… …た、大志? 久々に聞いた大志のリアルな肉声に 頭がリセットされる。 「…ん~?どした大志~。」 な、何…、やだ、止めてよ… へ、変なこと言ったりしないで…よ……? 「ちょ、ちょっと…、あ、あの……。」 「何、何だ~?」 何、何よ……。 「違っ…ちょっと…た……」 「な~んだ~!?よく分かんない奴だな~。  今いい感じだったんだから、この調子で行っちゃうぞっ!  いいか~?」 「ちょ、あっ……、くっ……」 え…そ、それも…ちょっと、…待っ…… あっ…、ちょ……、あっ……!!! 「よ~し、これでラストにするぞ~!  させるぞ~!!!」 待ってよ…、監督待ってよ……!!! ……… … 「ラストッ!  テイク7ッ!!」
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