小説

テイク7 scene18

―帰りの車内。 結局あの後は、わたしと大志は撮影を行わずに 今日はゆっくり休みなさいってことで、お開きになった。 外はもうすっかり暗い。 ふと隣に目をやると、窓におでこを当てながら 同じように外を眺める男の子。 神山大志。 もちろん今は、ちゃんと服も着てる。 隠さなきゃいけないところも、ちゃんと隠してる。 「………。」 「………。」 予想はしていたけど、重~い沈黙。 結局トイレ前で喋って以来、何も会話してない。 あんなシーンの撮影をした後だもん。 …何喋っていいか分かんない。 「2人共、今日はお疲れ様。」 運転をしたまま、そう話しかけてくるマネージャーさん。 ミラーごしに見えるその顔は 何処か口元を緩めているように見えた。 「………。」 「…お疲れ様…です。」 無言の大志に被せるように返事をする。 …気まずい。 行きよりも重い空気になるなんて…、思ってなかった。 「…特に大志、本当に頑張ったわね。  かっこ良かったわよ。」 嬉しそうに喋るマネージャーさん。 カッコ良かったって言うのは、その…、んまぁ 多分、つまり、ちゃんと出した、ことだよね。 …出したて。 …と、せめて家に帰るまでは 思い出すの止めとこうと思ってたのに …また一気に思い出して、ドキドキしてしまう。 当の大志はと言えば、依然としてダンマリモード。 …まぁ、しょうがないよね。 明日になればきっと、いつも通りに喋れるよ…ね。 「監督も感心してたわよ~。  あいつは大物になるぞ~!って。」 まるで自分の子供を褒められたかのように 嬉しそうに笑っている。 大物…ね、なんとなく、そんな根拠はないけど わたしもきっとそうなるだろうなって、気がするよ。 …もちろん、わたしだって負けてるわけじゃないけどね。 …と言うかマネージャーさん。 もうそろそろ話しかけるの止めてあげた方が… 大志だって恥ずかしいだろうし、困るだろうし… 現に、困ってるみたいだし… 「…ふん。」 沈黙を予想していたわたしに 鼻息の漏れるような音、…声。 …大志? 気付くと大志は、腕を組みながら 真っすぐと、前を向いていた。 「…あれくらい余裕だろ。  大体ちんこくらい出せないで  プロが務まるかっつーの。」 急に喋りだす大志に驚く。…なんか、偉そうだし。 暗くてよく顔は見えないけど…、って言うか… ……、ち、…ちん……!? 「あら、言うわね~大志。」 少し振り向きながら、反応するマネージャーさん。 余裕…?あれが…?な、何を…… 「理奈だってあー言うことするとき  あるかもしれないんだからな。  覚悟しとけよ。」 …ひ?急に来るキラーパスに、ドッキン。 ってか、わたしが、あれを…? 「…そ、そんなこと……」 そんなこと、あるわけ…… 「…んま、オレの裸見て照れてるくらいだから  理奈もまだまだってことだな。」 ―ターーーン。 確信を突かれ、頭の中で何かが弾ける。 …、は、はぁ……?て、てて… 「て、照れてなんかないしっ…!!」 「嘘付くなよな~!顔真っ赤っかだったじゃねーか!!」 そ、それは……!! 「大志だって真っ赤っかっかだったじゃん!!」 「それは風呂に浸かり過ぎて  ちょっとのぼせてただけです~。」 はぁ?そんなんで言い逃れできるレベルじゃ なかったからね…! 「はいはい。  …ってか大体、大志の裸なんて  ほとんど見てないしっ!」 「はいはい嘘嘘っ!!  4テイク目なんて、オレのち…  お、…オレのちんこしか見てなかったじゃねーかっ!」 …ちょ、……あれは……っ……!! 「う、うるさいなぁ!!!  そ、それよりっ、あの5テイク目の顔は何よっ。  汗噴き出しちゃって、鼻ピクピクさせちゃってさ。  わたし笑いそうになっちゃったんだからねっ!!  何が「余裕だろ。」よ。  目茶苦茶恥ずかしがってじゃんっ!」 「そ、それは……!!」 ほら、図星じゃん……!!…… 「…そ、それより…、そ、そうだよ!!  最後のテイクだよっ!!  マネさん聞いてよっ!!  理奈のやつ、最後どさくさに紛れて  オレのちんこ触ってきたんだぜっ!?」 !? 「あら、ホントに~?」 ち、違う…!あれは……!! 「…あれは、あれは大志が触らせてきたんでしょ!?  勝手に責任転嫁しないでよっ!!」 「はー?オレはちゃんと浮かせてましたー。」 「浮いてなかったから!当たっちゃってたから!」 「勘違いだろ。オレはそんなミスしないからー。」 「ミスしたの!ミスしてたのっ!!」 「…あっそ。じゃーいーよ。  仮にオレがミスしてたとしてもだよ。  その後のあれはなんだよ…、あれ…、あれは……  なんだよ……」 「そ……」 それは…… ドクンドクンドクン……… 左手に今も残るあの小さな鼓動…、大志の鼓動…… あれは…、あれだけは…… …説明できない……、でも、… 「、そ…その前に  最後のテイクの大志の…、大志のあれは…  あれは、どうなっちゃってたのっ…!?」 …自分でも何を聞いているのか分からない。 大きな謎ではあったけど 聞いていいことなのかも分からない。 もう、ヤケクソ過ぎる… 「…あ、あれは………」 ……… 会話がストップする。 …もう…、ホントに、…気まずい…… 「まぁまぁ。  大志も男の子なんだし、しょうがないじゃない。」 ふっと、黙っていたマネさんが割って入る。 …今更、そんなこと当たり前だけど… その真意は良く分からなかったけど 大志にはそれなりのダメージがあったらしく 視界を窓の外へと瞬時に逃がしていた。 「はい、着きました。」 そうこうしている内に、大志の家の前に到着。 道端に車を止めると 徐にマネージャーさんが、後部座席へと振り返る。 「大志は、恥ずかしさに負けずに  本当に良く頑張った。」 凄く優しい笑顔でそう言うと 大志の頭を優しく撫でる。 抵抗することもなく、それを受け入れる大志。 「理奈も、そんな大志の演技にちゃんと応えて  本当に良く頑張った。」 そう言って、もう片方の手で わたしの頭を優しく撫でてくれる。 「今日は、100点あげちゃおっかな。」 優しくも厳しいマネージャーさんから、初めて出た満点。 突然の絶賛に わたしは素直に嬉しくなって、口を緩めてしまう。 ふと横目には、なんだかんだでにやけている大志の姿が 見えた、気がした。 「今日は今日、明日は明日。  明日からもいつも通り、仲良く頑張れる?」 「…あ。」 「…は。」 「返事は!?」 「はいっ!!」 「ほいっ!!」 「よし、OK。」 にこやかな笑顔に、車内の空気も一気に軽くなる。 ランドセルをマネージャーさんから受け取り ドアを開け、外へと出る大志。 家はもうすぐそこなのに、いつもランドセルを背負う。 こう見るとホントに、ただの小学生だよね。 …何を今さら。 「お疲れさま。」 「…お疲れ様です。」 意外と平常心でそう応える大志。 「…じゃあな。」 今度はわたしに向けられた台詞。 避け続けていた目を見るという行為を 最後の最後で実行する。 街灯の光に照らされて、夜なのにとても良く見える。 その顔は、やっぱり真っ赤に染まっていた。 …やっぱり、照れてんじゃん。 と言うか、ずっと照れ隠しをしてたんだよね。 分かってたけどさ。 「おやすみ。」 そんな大志に、精一杯の笑顔で応える。 「…おやすみ。」 少し困ったような でも少しはにかんだような顔でそう呟き ゆっくりと玄関へと向かって行った。 ―終わった。本当に全部、終わった。 …うん。 明日からも、…頑張ろう。
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