小説

テイク7 scene16

よ~い、アクション。 …なんて、もう耳に入ってこなかった。 無我夢中で、ヤケで、無心で、無意識で わたしはスタートを切っていた。 …… 「ミノル~!!!」 とてつもなく通った声、何これ。 こんな声、出したことないよ。 スタジオに響き渡り、反射して返ってくる自分の声に わたしは100点満点のはなまるをあげる。 「…なんだよ。」 憎たらしい弟の眼差し。 ほんと、ホントに…、憎たらしい。 なんて、…なんて完璧な演技すんのよ、大志。 「アンタ、わたしのビー玉どこやったのよっ!?」 教えなさいよ、わたしの宝物。 …ビー玉の在り処。 教えなさいよ……っ。 「…はぁ?…知らねぇし。」 …嘘付くな。 バレバレだよ。 バレバレだって分かるような…演技… …しないでよ……。 「アンタしかいないでしょ!?」 そう、絶対そう。 あんたしか、ミノルしか、大志しかいない。 そんな…そんな人。 大志しか…いない。 ……… 「…うるっせーなぁ。」 ―ザバァァアアアン。 …ふん、何のつもり…?止めてよ。 そりゃあ姉弟だけど 親しき仲にも礼儀あり、でしょ? 前くらいちゃんと隠しなさい…よ……… ……!? 無理に保っていた平常心が、完全に崩壊しする。 立ち上がった大志…、剥き出しにされた局部… 産まれたままの姿…、すっぽんぽんの弟… おちんちん…、丸出し… それなりに慣れたと思っていたそのシーン。 それでもしっかり身構えていた…のに…… そんなもの通用しないほどの大事件… ―ぴょこん。 大志のを見てしまうたびに 頭の中で唱えていたその擬音が ?マークを伴って、遥か彼方へと消えていく。 ―ぴょ……、…ぴ、…   ………    …ピーン……?…  ……!?!?!?!?!? 目を疑った。 でも、その目に映る映像に、間違いはなかった。 大志の、可愛い…、わたしの…、ちっちゃな…、それが… 上を、…上を、向いていた。 今まで恥ずかしそうに登場していた大志のそれの ここに来てのまさかの強気な意思表示、豹変に わたしは我を忘れて釘付けに…なる。 ―ザバンザバァーーンッッッッ。 そんなことお構いなしに、 湯船から勢いよく上がってくる大志。 ―ぴょこんぴょこん。 その効果音も ―ビヨンビヨンッ。 に、進化を遂げている。 少しだけ、中から違う色の部分が覗いている。 ど、どう言うこと…? ど…どうなってるの…? 追いつかない…ツッコミが追いつかない… 待ってくれない、…大志も、監督も …もう誰も、もう誰も、何も、止められない… 気づくと、目の前に立ちふさがっていた大志。 ―「これでラスト。」 奇跡的に蘇るみんなの意志に わたしはなんとか視線を 大志の顔へと合わせることに成功する。 コンマ5秒ほどの視線のぶつかり合い。 その顔は、驚くほどに落ち着いていて 『最後』と言う大きな意志を、わたしに連想させてくれた。 ―オレは…プロだ。 大志の声が聞こえる。 ―…アタシだって。 当たり前のこと、言わせないでよ。 ―…行くよ。 ―…行くぞ。 2人の気持ちが、完全にリンクした。 「…これのことかよ?」 弟らしい、無邪気な顔で、わたしの左手首を掴む。 それを持ち上げる。 大志最後の動作へのサイン。 サッと降下する左手。 ―後は任せた。 ―分かった。 その左手に、全ての神経を集中させ 最後の演技への準備に入る。 大志に近づく熱…、もう、混乱はしない。 熱い…温かい…柔らかい…、大志の温度。 …大丈夫、さっきと一緒…… …… … …や、… ……柔らかい…… …? 確かに1テイク前からプラスされた その、感触。その、……、感触。 ―プ二ッ。 何なのかなんて、そんなのあえて言わない。 だって、あれしかないから。 勢い余ってそうなってしまったのか それとも意図的にそうしたのか わたしには分からない。 ただ、それが大志の最後の演技と言うことだけは 間違いない事実。 …なら、それに応えるしかない。 左手に伝わる柔らかさを全身で感じながら わたしは開いたその手を、パーからグーへと ゆっくりと、変えた。 …何かを握っている。柔らかい…何か。 ゆっくりと手を動かす。 何かが入っている。 …1つ… ……2つ…… ……、 …あ、なんだ。ビー玉か。 やっぱり、アンタが持ってたんだ…。 ……… …もう、もう……知らない。 どうにでもなれっ……。 その手を本能のままに、ゆっくりと上昇させる。 …今度は、硬い…?…し ちょっと長い……? そのまま徐に、わたしはその長い何かを握る。 ドクン…ドクン…ドクン…… 何かが息づいている…、脈動している…… …そう、そうなんだ。 そうなってるんだ。初めて知ったよ。 …こんな、…こんなことさせて… こんな、…こんな恥ずかしいことさせやがって…… ……… ……大志の…… 大志の…… 「…バカッ!!!!!!!」 ―…バチーーーーンッッッ!!!!! 振りほどいたその手で 思い切り目の前の人物の頬を叩く。 とてつもない破裂音が、耳の奥で響く。 最後の映像として 目を真ん丸くして驚く男の子の静止画が 脳裏に刻まれる。 そのままわたしは 逃げるようにその場から立ち去った。 …… 「…いってー。」 何かが、聞こえた、気がした。 「カァァアットォォオオオ!!!  オッケェェェエエエエエエエエイ!!!!!」 …… …何が。 ……何が、OKなのだろう。 …何が…… … ………分からない。
ページトップへ