小説

テイク7 scene5

マネージャーさんの素晴らしい運転さばきで すぐさまスタジオに到着。 「今日もいいの  よろしく頼むわよ~。」 いつもの厳しい でも愛のあるプレッシャー。 「…はい。」 「………はい。」 仲良く暗いトーンで応えるわたしたち。 全くいつまで喧嘩してるのよ… きっとそう思われてるんだろうな…。 でも、そこはプロ。 子役といえど、プロはプロ。 ―撮影開始。 21話分の今日のシーンに 着々とOKテイクを出していくわたしと大志。 どのシーンを撮っていても 思いのほか大志の顔が染まって見えたのは ……気のせい、うん、きっと気のせい。 「カットォーー!!!バッチリだぁ!!」 【シーン21-5】1発OK。 「今日は大志も理奈ちゃんも絶好調だな~!  助かる助かる!!」 すっかりご満悦の八嶋監督。 …それもそのはず。 自分でも驚くくらい今日は集中できていて まだ1度もNGを出していない。 …もっとびっくりしたのは 全く同じ現象が、大志にも起こっていたこと。 プロと言ったって、まだまだ子供。 言っちゃ悪いけど、NG常習犯の大志が こんなにも完璧な演技を連発するなんて はっきり言って異常とも言えるレベル。 監督も、陰で見守るマネージャーさんも きっと大志の大いなる進化に、驚いていたはず。 どうしたの大志…? その答えは、その疑問を そっくりそのまま自分に問うだけで 簡単に導き出すことができた。 …昨日、何度も読み返した。 これ以上必要ないってくらいに 何度も何度も読み直した台本。 どうしても気になって どうしても落ち着かなくて… いつもは少なからず 不安要素を抱えて臨む撮影だけど 今日は、どのシーンも完全に 台詞を頭にインプットさせた状態で カメラの前に立つことができている。 それもこれも全部… あのシーンのお陰、…いや あのシーンの…せい。 きっと、大志も全く同じで 何度も、何度も何度も読み返したんだろう。 じゃなきゃ 今日の驚異的な天才子役っぷりは 絶対にあり得ないもん…。 「よし、じゃあこの調子で  次のシーン行くぞ~!!」 笑顔燦々な八嶋監督のその合図に ついドキッとすくみ上がってしまうわたし。 …きっと、アイツも。そう、次は… 「【シーン21-6】。」 何十回と読んだ台本の中で 段違いに読み込んだシーン。 確認しすぎて、開けるといつも このシーンのページが開くようになってしまっていて 恥ずかしくて、今日はあんまり 台本を人前に出したくないんだよね…。 …でも、台詞は全部頭の中に入ってる。 何度も何度も頭の中で イメージトレーニングをした。 頭の中で今日のことを想像しながら 眠れない代わりに練習を繰り返した… でもでも、どうしてもあのシーンだけは 練習することができなかった。 どうなるのかが分からなくて どうイメージすればいいのか分からなくて …いや、分かるんだけど… それを想像してしまったら 恥ずかしくて、おかしくなってしまいそうで… あれだけ練習したんだから 絶対に大丈夫…!! 第一、そんなことあるはずない。 そう自分に言い聞かせる…、んだけど 今までの、非の打ち所のない演技を振り返ると 逆にそれがプレッシャーになって 逆に何かあるんじゃないかと裏読みしてしまって… …でも、迷ってる時間はもうない。 いよいよ、…このときが来たんだ。 「んじゃー、リハから行くぞ~。  大志に理奈ちゃ~ん、スタンバって~!!」 「…は、はい。」 「…はいっ。」 スタジオに設けられたお風呂場…のセット。 後ろから撮影ができるようにと 四方の壁の2枚が外されている。 簡単に言えば、スタッフさんから丸見えの状態。 ここに裸で入って…なんて言われたら きっとわたしだったら、全精力をかけて 断固拒否の狼煙を掲げる自身がある。 …セットの目の前まできて 隣りにたたずむ、今わたしの言ったそれを これからせんとしている人の顔を覗き見る。 …頭から、汗が噴き出ている。 昨日わたしの部屋で見せた顔よりも さらに紅潮させたそれで お湯を注がれた湯船に沸き立つ湯気を ジーっと見つめている。 …そ、そんな顔、しないでよ…。 「あ、そうか。」 呆然とするわたしたちを見て ゆっくりと近づいてくる八嶋監督。 「次は風呂のシーンだったな。  大志には服脱いでもらわないと  撮影できないんだったわな。」 忘れてた忘れてた…と、笑顔で呟く。 もう…、のん気なんだから。 当の大志は…、下のズボン握り締めながら 監督からの指示を、きっとビクビクしながら 待っていた。 どうするんだろ…、どうするんだろ… やっぱり…すっぽんぽ……!? 「ほいよっ。」 もしかしたら、覚悟を決めていたのかもしれない。 歯を食いしばって判決の時を待っていた大志に 監督が、あるものを差し出す。 …ゆっくりと顔を上げる。 わたしも、ゆっくりとそれに焦点を合わせる。 …そこにあったのは そこに握られていたのは… 紺色の、布。 …布……? いや、布じゃない。 監督がそれを両手で広げて確信する。 海水パンツ…男の子用の 海パンだ。…つまり …目の前に差し出されたそれを見て みるみる目を見開いていく大志。 「…ぉ、…ぇ。」 「リハからやるから  ササッと履いちまってくれ。」 「…ぁ、…あ。」 声にならない声を、こぼし続ける大志。 「…まぁ、この場で着替えちゃってくれんのが  一番早いんだがな~。」 「……!!!!!  …と、トイレで履いてくるっ…!!!」 真っ赤な顔面を監督に突きつけながらそう叫び その手から海パンおもむろに奪うと そのまま一目散に、男子トイレに駆けていった。 …動揺はしていたんだろうけど 一気に安堵したんだろうな。 ちょっと顔がにやけてたのを わたしは見逃さなかった。 …まぁ、当然だよね。 …にしても、とりあえず良かった~。 なんか、無駄に緊張しちゃって 馬鹿みたいだけどさ。 何にしても、一件落着…、かな。 ……でも、なんか なんかちょっと、残念…だったり… …なんてね、はは。 ははは…
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