小説

雑草と太陽 1

冬の寒さも割と落ち着いて、 少しずつ暖かくなり始めた5月。 皐月、とも言うらしい。この前、国語の授業でたまたま習った。 とは言っても、まだまだ肌寒さは残るこの季節。 お世辞にも防寒に優れているとは言えない、 こんな半袖短パン姿で外に放り出されるのは、 インドア派の僕からしてみたら、そりゃあまぁなかなかの地獄だ。 しかも今、そんな地獄にさらに拍車をかける、 僕の苦手なイベントが、絶賛開催中だったりする。 3時間目の体育。 校庭の隅。白い石灰で描かれた2本のライン。 学校を外界から守るように敷き詰められた木々のせいで、 太陽が何処にいても、陰になってしまう場所。 ほのかに差し込む木漏れ日が、幾分寂しさを和らげてくれている。 どの学校、どの学年でも、年に1度必ず行われる体力テスト。 今日はその最後を飾る、50m走のタイム測定の日だ。 「位置に付いて、よーい、ドン!」 クラスの女子から、名前の順で2人ずつ、 先生の合図とともに走りだし、タイムを記録する。 歯を食いしばり本気で頑張る人、可愛い子ぶって適当に流す人、 適当に流すのにそれなりに速い人。 三者三様、レースは流れるように次々と進み、 あっと言う間に男子の番。 …ふぅ。そろそろ僕の番か…、…と、その前に、 「お。」 「大本命来た!」 待ってましたと、クラスメイトの注目が集まる。 向かって右のレーン。 鹿島大蔵、5年生全体の中でもトップクラスの足の速さを誇る。 容姿は、いわゆるイケメン。いわゆる、ジャニーズ系。 女子にもなかなかモテている。 そして左のレーン。 大野勝徳、鹿島に負けず劣らずの足を持っている。 顔は、イケメン、と言うよりはハンサム、と言った感じ。 分かるかな、なんと言うか、色黒で、目つきが鋭くて、 まぁ簡単に言えば、カッコいい、でいいのかな。うん。 女子にモテるかは、……、分かんない。 とにかく、学年でも屈指の足の速さの2人が、 巡り合わせとばかりに、肩を並べて走ることになったんだ。 そりゃあ、注目が集まらないはずがない。 「よーい…。」 今日一番の盛り上がり。 先生もそれを理解しているのか、必要以上にそれを溜め、 「ドンッ!」 勢い十分に駆け出す2人。 「うおーー!!」 「はやーーい!!」 軽快な足音の連鎖に、みんなの胸も躍る。 ―ピピッ。 正に一瞬、ヤンヤしている暇もなく、走り終える2人。 そのタイムを、記録係が読み上げる。 「大野、7.30。」 「おおーーーー!!!!」 「はえーーーー!!!!」 大きな歓声が上がる。さらに、 「鹿島、7.00。」 「うおおおーーーー!!!!」 「はっやーーーー!!!!」 どよめく様な歓声が上がる。 すっげぇ…、さすがだなぁ。絶対に敵わないや。 …と、 「小池、次お前だぞ。」 「…へ。」 …あ、そうかそうか。 感心している暇なんてなかったんだった。 はぁ…、ドキドキ…、ふぅ、…よし。 …ドンッ。 ……、………。 タイムは、まぁ、その、伏せておこうかな。 結果はどうあれ、嫌な緊張からは解放された。 僕はそそくさとあいつの元に駆け寄る。 「ノリ、速かったね、さっすが。」 開口一番、そう声を掛ける。 大野勝徳、僕は彼のことを"ノリ"と呼んでいる。 そんなノリは、僕の賛美にも何処か膨れっ面。 全然嬉しくなさそう。それを証拠に、 「全然速くねーよ。」 そう一言。やっぱり、嬉しくなさそう。 「なんで?みんな驚いてたよ。」 「…、鹿島のが速かっただろ。」 「…、ん、うん…、まぁ、…そうだけど。」 遠くの方を見ながら、悔しそうにそう零す。 まぁ、ノリ負けず嫌いだからな。…と、 ノリはそのまま、"アスファルトの段差"がある方へ向かい、 そこに1人、ドスンッ、腰かけてしまった。 ………。 こんな時、どうすればいいんだろう。 僕はバカだから、上手い言葉を見つけることが出来ない。 …でもきっとこれは、 そっとしておいてあげた方がいいんだよね。 うん、そうに違いない。きっとそうだ。 そう自分に言い聞かせて、僕はそっと、ノリから視線を逸らした。 「はーい、測定終了。  ちょっと早いけど、今日はこれで終わりね~。」 「はーい!」 少しもしない内に、50m走の測定、もとい、体力測定、もとい、 今日の体育終わりの合図。 それを聞くや否や、我先にと早歩きで教室へと戻るノリ。 あ、待って。……、 …でも、追いかけたところで、 なんて声を掛けていいか分からないし…。 今はそっとしておこう。 僕は1人、ゆっくりと教室へと向かった。
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