小説

雑草と太陽 15

ノリの過酷な1週間が、 実は僕にとっては幸せ過ぎた1週間があっという間に終わり、 今日は、決戦前日。の、放課後。 最後の追い込みとばかりに全力で駆けるノリと、それを見守る僕。 もう何も、口出しすることなんてない、…と、 「お、やってるやってる。」 遠くの方から、声がする。 やっぱり冷やかしにやってきた、鹿島グループ。 「ま、明日の前日だしな。当然か。」 うるさい、今日だけじゃない。 お前らが知らないだけで、毎日ずっとしてたんだ。 「まぁせいぜい頑張れ~。  それから、ちゃーんとちんこは洗っとけよな。  エチケットとしてな。」 くっ…。 「今回はチン出し確定だもんなw」 「やぺー、やっぱきちぃなw」 「恥っずかしぃーーーーー!!!ww」 「………。」 前は取り乱してしまったけど、 今回は僕もノリに倣い、無言を貫いてやる。 「俺も念のため、俺もケツはしっかり洗っとくわ~。  念のためな。」 「うっはw」 「鹿島清潔ぅ!!」 「ケツだけにな。」 「あっははwww」 つまんないから。 「…って、  なーんで、2人揃ってシカッティングかよ。ひっでーの。」 「まぁまぁ、仲の良いこって。」 「もう結婚しちゃえよ。」 「こらこら。」 ………っ。 「んま、明日楽しみにしとくわ~。じゃあな~。」 「あたしもぉ、可愛いおちんちんまた見に行くね~ん。」 「あっはっはw誰の真似だよそれww」 「あっはっはwww」 ………。 …ふぅ、なんとか乗り切った。 好き放題、言いやがって。 …心の中でしか、罵れないけど。 ノリは、…さすがだな。 なーんにも、動じてないや。 日も暮れ始め、コースを点々と揺れる漏れ日が、 オレンジ色に染まり始める。 そろそろ今日の練習も終わりかな、と思っていると、 「あ。」 スタート地点に戻る途中、僕の目の前で急に立ち止まるノリ。 どしたの?アスファルトの段差から、ノリの顔を見上げると 「明日の練習も、しといた方がいい…、よな。」 頭をかきながら、少し困ったようにそう言うノリ。 …ん?明日の練習って、今してるじゃ…、 あっ。 暗がりに微かに見て取れたノリのほのかな照れに、 僕はすぐさま合点、してしまう。 そっか、走るときは、…服着てないんだもん…ね。 きょろきょろと周りを見渡すノリ。 人影は、何処にもない。 ゆっくりと上が捲くれ、中からノリのおへそが覗く…、 …っ!!!!! そんな急に、制御出来るわけがない。 僕の意思とは裏腹に、一瞬にして限界まで膨れ上がる、僕のそれ。 ごめん、こんなつもりじゃ…、でも…、 「…まぁ、いいか。」 僕の意思とは裏腹に…?捲くれを戻すノリ。 …そうだよ、今はそんなこと考えなくて良いんだよ。 でもちょっと、ちょっとだけ、ガッカリしてしまった、 そんな自分が、本当に憎く、気持ち悪かった。 「お疲れ様。」 全てを終え、僕の隣りに腰を下ろすノリに、そう言う。 「おう。」 汗まみれの横顔。 やり切った、出来ることは全部、そんな顔をしている、…はずだ。 いつもなら、ちょっと休んで、 「帰ろっか。」そう言うんだけど、 なんだか今日は、その言葉が出てこない。 ノリの息遣いが、少しずつ小さくなっていくのを、 ほとんど息もせずに、聞いているだけ。 今ノリは、何を考えているんだろう。 そんなの、まるで想像出来ない。 今ノリは、どんな顔しているんだろう。 それを確認することも、何故だか出来なくなっていて、 ただノリが望むまま、時間が流れるのを待っている、…と、 …!? 何が起きたのか、すぐには分からなかった。 次第に左手が熱くなっていき、僕は手を握られたんだと理解する。 どう…したの? 急なノリの行動に、ただ、唖然。 急激に大きく、速くなる鼓動。 左を見ることなんていよいよ出来ず、 前を向いたまま固まる体。 「…、……リ…?」 不完全な言葉を、どうにかこうにか絞り出す。 …と、 「本当は」 ゆっくりと喋りだすノリ。 「本当は、すげー怖いんだ。」 すでに失った言葉を、さらに失くす僕。 ノリの力が、強くなる。 なんだか、もう、泣きそうになる。 「本当は、また馬鹿にされるんじゃないかって、  すげー、怖いんだ。」 聞いたこともないような弱々しい声で、そう続ける。 「本当は、またみんなにちんこ見られんの、  すげー、恥ずかしいんだ。」 胸が痛くなって、僕は反射的にノリの手を握り返す。 それしか出来ない。 「でもさ、勝ちたいんだよ。」 「うん。」 ようやく出た言葉。 知ってるよ、誰よりも。 「1番に、なりたいんだよ。」 「うん。」 それが、ノリだもん。 「俺、勝てるのか?」 なんだよ、弱気だな、ノリらしくない。 「勝てるよ。」 これだけやったんだもん、負けるはずないよ。 「本当か?」 だらしないなぁ、もう。 「本当。」 本当だよ。間違いない。 「そーか。」 「うん。」 そーだ。 「そーだよな。」 「うん。」 その通り。 また、ノリの握る手が強くなる。 自分なりに、それに応える僕。 優しい時間が、ゆっくりと流れる。 どれくらい経ったか分からない、頃に、 「よし。」 小さくそう呟く。 そして、何事もなかったかのように、僕の左手を振り解き、 その勢いのまま、サッと立ち上がる。 いつの間にかランドセルを背負っていて、 「俺、帰るけど。」 いつものように、帰宅宣言。 見上げる顔は、いつも通りの凛々しいノリで、 やっぱり誘ってはくれないのも、いつものノリらしくて、 それが何故だかとても心地良くて、なんだか凄く安心した。 「うん、僕も帰る。」 同じく、立ち上がる僕。 「そーか。」 「うん。」 「じゃ、帰るか。」 「うん。」 いつもの掛け合いも終え、 二人でゆっくりと、もう真っ暗な木陰から抜け出す。 明日、なんだな。 少しスピードを落とすと先を行ってしまう、 オレンジ色の背中を見ながら、やっぱり、不安になる。 いや、きっと大丈夫。 何度も言っただろ、僕が弱気になってどうするって。 両手に強く力を入れて、小走りでノリを追う。 … ふと思い出し、左手の力だけが抜ける。 まだ少し、ノリの温もりが残っている気がする。 きっと、僕じゃなくたって、 誰でも良かったんだろうけどさ。 それくらい分かっているけどさ、でも、 あんなにドキドキしたの、生まれて初めてだった。
ページトップへ