雑草と太陽 16
決戦当日、放課後。
もう夏を感じてしまうような、見事な快晴。
なのに、こんなところでやらなくても…、
そう思ってしまうほど、ここは年中無休で暗がりで、
でも逆に、それに少し安心している僕もいた。
観客はもちろんと言うべきか、満員御礼。
きっと、噂が噂を呼んだんだろう。
クラスの顔以外の顔を、ちらほら確認できてしまったことに、
落胆し、胸がキリキリと痛くなる。
「よし、そろそろ始めるか。」
これ以上増えないと見切ってか、鹿島が軽やかに切り出す。
「ヒューヒューー!」
「いえーーーーい!!!」
「きゃー!!」
ゴール付近だけではスペースが足りず、
レーン脇に列を作って並ぶクラスメイト、他から、
待ってましたとばかりの歓声、嬉々、たまに喚声。
余裕綽々、スタート地点に向かう鹿島。
威風堂々、それに続くノリ。
もう僕は、祈ることしか出来ない。
間もなく、二人がスタートのラインに立つ。
「…さて、」
とうとう、このときが来た。
始まる…、
「…と、その前に、」
その前に…、だよね。
「分かってるよな、大野。」
嬉しそうに、ノリの肩をポンッと叩く鹿島。
ノリはただ無言で、目指す場所一点だけを見つめている。
首を大きく1つ回す。
そんなこと分かっている、そう言うことだろう。…と、
「ユキっ!!」
!?
突然の名指しに、思わず驚きすくみ上がってしまう。
誰…?一瞬迷ったふりをしたけど、
そんな風に僕を呼んでくれる人、1人しかいない。
「…は、はいっ…!」
男らしくないなよっちい声で、他人行儀に返事をし、
小股小走りで、そちらへ向かう。
―ん、ユキって小池のことなの?
―…あー、そういや幸生っつーんだっけな、あいつ。
―えー、なんか女の子みたーい。
―やだー、やっぱり…w
なんか聞こえた気がしたけど、必死で全部振り払った。
ノリの隣りに急いで駆け寄り、
「…何?」
ドキドキで震える声で問う。
顔が腫れそうなほど熱い、それきっと、ノリも同じ。
「俺が走り終わるまで、服、預かっててくれ。」
僕の顔も見ず、視線真っすぐ、淡々と頼むノリ。
うん…、それでいいよ。
「分かった。」
こんなことしか出来なくて、ごめんね。
「靴は履いたままでもいいよな。」
そのまま、今度は鹿島に問う。
「んま、服全部脱いでればいいぜ。」
依然、ニヤニヤと答える鹿島。
胸が、チクチクときしむ。
鹿島の返事を確認するや否や、おもむろに上を一気に脱ぐノリ。
―おおお!!!
―やっ…!!!
揺れる観客。跳ね上がる心臓。
感情の制御なんて、する暇もなく。
僕に脱ぎたてのTシャツを投げるのとほぼ同時に下に手を掛け、
それを一気に自らの手でずり下げる。
焦らしたり、躊躇ったり、そんな素振り、一切なかった。
その証拠に、もうノリは何も着ていない。
パンツごと下ろしきったズボンを両足から器用に抜き取り、
それをさっきと同じように、僕に向かって優しく放る。
僕の両手に、ノリの衣類の全てが揃う。…それよりも、
僕のあそこが限界まで成長してしまう方が寸分早く、
そんな自分がただただ情けなくて、恥ずかしくて、申し訳なかった。
―出たぁぁああああ!!!!www
―きゃーーーーーーー!!!!!!
前回以上に、狂喜乱舞のオーディエンス。
みんながみんな、きっとノリのあそこを見てる。
…ごめんね、でも、やっぱり、僕も、見ちゃった。
「あっはは、別に隠してもいいんだぜ。」
潔すぎるノリに面を食らってか、鹿島が少し優しさを見せる。
「隠したら、走れないだろ。」
バカなのか、と、軽蔑するかのようにそう吐き捨て、
視線をきっとあの目印に固定させたまま、
屈伸、伸ばし、前屈、後屈、ジャンプ、いつものように、体をほぐす。
いつもよりも大袈裟にすら見えたのは、
きっと、照れ隠しのためなんだろう。
―ピョコンッ、ピョコピョコンッ。
ノリの大事な部分が、ノリの動きに合わせて小さく揺れる。
普段見ることなんて滅多にない動きだからだろう。
きっとみんなの視線が、そこ一点だけに釘づけになる。
「やーーーべええええええ!!!!!www」
「おーい、そこまで頼んでねぇぞー!!!www」
「大野大サービスだなww」
「なんか俺まで恥ずかしくなってきた…w」
「もう、やだぁ…。」
何が嫌だだ、ノリの、ちんこを、見に来たくせに。
口になんて出せずに、歯を食いしばる。
「はっはは、いやぁ、敵わねーわ。」
ノリの暴挙に、何故か顔を赤らめ視線を逸らす鹿島。
当たり前だ、鹿島なんかがノリに、敵う訳がない。
「まぁいいわ、もうみんな十分大野のちんこ見ただろ。
そろそろ始めるべ。」
いよいよ切り出す鹿島、その返事の代わりに、
ゆっくりと動きを収束させていくノリ。
…本当に、始まる。
もう、ただ、僕が言えるのは、
「頑張れ。」
ノリの顔を見つめながら、無理矢理な笑顔で、そう伝える。
「おう。」
無言を貫き続けたノリからの返答に、どうしようもなくドキッとする。
嬉しかったのか、恥ずかしかったのか、いやきっともうそれ以外も全部、
頭の中がノリでいっぱいになって、
ギュッと、ノリの温もりを抱きしめることしか、もう僕には出来なかった。
サッと踵を返し、ゴール付近へとゆっくりと戻る。
「…あれ、小池タってね?」
「え、…あ。」
「ホントだ、めっちゃ山んなってるww完全にタってるwww」
「ちょっとやぁだぁ!!!」
「もう最低~…。」
うるさい、タたないわけ、ないだろ。
あんなノリの恥ずかしい姿見て、あんなノリのカッコいい姿見て、
興奮しない方が、どうかしてるよ。
あんな無表情な顔してるけど、ノリは死ぬほど恥ずかしいんだ。
近くで見れば分かる、顔、まっかっかだった。
胸の鼓動が、目視でも分かった、僕より、ドキドキしてた。
何より昨日、ノリの口から直接、そう、聞いたんだ。
こんなものなら、いくらだって見せてやるさ。
見ろ、これだけ僕は、こんなに僕は、こんなにも僕は、
ノリが、ノリのことが、…、大好きなんだ。
ノリと恥ずかしさを半分個…、なんて、
比べる羞恥に差があり過ぎるけど、
少しでも視線がこちらに向けば、それでノリが少しでも落ち着けるならば、
後悔なんて、1ミクロだって感じないさ。
「2人揃いも揃って、ホント、恥ずかしい奴らだな。」
背中に、そんな言葉が突き刺さったけど、
何とでも言え、としか、もう思わなかった。
ノリのパンツを、ズボンから抜き取る。
帰ってきたノリが、すぐに履けるように。
すぐに、隠せるように。
「じゃー行くぞ~。」
ノリの服を、大袈裟に抱きしめる。
ノリの、男らしいにおいがする。
「位置について、」
頑張れ、頑張れ、
頑張れ頑張れ頑張れ頑張れ頑張れ…!!!
「よぉい、ドンッ!!!」