小説

雑草と太陽 14

ずっとノリを見てきた、僕の分析。 ノリの鹿島との違い。 もちろん、僕なんか比にならないくらいに速いんだけど、 鹿島と比べると、良い部分もあるんだけど、 劣る部分もやっぱりあって。 まずはスタート。 これに関してはノリは鹿島に勝っている、と思う。 最初の5Mくらいは、いつもノリが前にいるんだ。 勝利への執着の違いかな?出だしはホントに完璧なんだ。 次にスピード。 これは鹿島の勝ち、そりゃそうだよね。 最後はいつも、鹿島が勝つんだから。 細かい部分を見ていく。 まず腕の振り。 鹿島大きくまっすぐ振るのに対して、 ノリは若干小さく、思うが侭に振ってしまっている印象。 風の抵抗?良く分からないけど、 なんとなく鹿島のの方が、速く走れるような気がする。 次に歩幅。 身長の差もあるけど、鹿島の方が1歩がデカい。 直せるかは分からないけど、まだ余裕があるように見えたから、 改善の余地あり。 軸。 鹿島はラインの真ん中に沿って、まっすぐ綺麗に走るのに対して、 ノリはドタドタとライン内なら何処でもと言ったように、 不安定に走っているように見える。 目線は常に前だし、ゴールしか見ていないんだろうけど、 無我夢中に、とにかく前へと走り過ぎて、 自分の今いる位置の認識が飛んじゃってるんだと思う。 何処か1点を意識して見て走るだけでも、 ちょっとは良くなるんじゃないかな…、と思ってる。 …なんだか負けてるところばっかで嫌だけど、 でも、確実にノリが鹿島に勝っているところがあるんだよ。 それはね、足の回転の速さ。 もうね、鹿島が2歩進む間に、 ノリは3歩進んでるんじゃないかってくらいに速いんだ。 いやさすがにそれは言い過ぎだとは思うけど、 でも本当にそれくらい、残像が目で追えないくらいに、 次から次へと、後ろから前へ、足が出てくるんだ。 いつも思ってた。 こんなに速いのに、なんで負けちゃうんだろうって。 その理由を探っていたら、 やっぱりいろいろ粗が見えてきたわけだけど。 でも逆に、これだけの足を持っているんだもん。 いけないところを直していけば、勝てる見込みは十分にある。 絶対なんて言葉、僕には言う権利ないけど、 でもノリ次第で、絶対に勝てる気がしてる。 たくさんの期待と願望を込めて。 休憩も挟まずに、一気に話した僕の見解を、 真剣に、真面目に、時折眉間に皺を作りながらも、 約束どおり怒ったりせず、怖くしたりせずに、 最後まで聞いてくれたノリ。 話が終わることを確認すると、一言、 「ふむ。」 そして、 「良く、分からん。」 え。 「でも、」 ん。 「ユキの言うとおりにすれば、勝てるんだろ?」 …う、そう言い切れる自信は、絶対勝てると言う確証は、 さっきも言ったはずだけど、ない…、んだけど、 でも、僕が弱気になってどうする。 逃げないって決めたんだろ。そうだろ。だったら、 「きっと勝てる。」 僕が言えるギリギリの言葉を選んで、 自信たっぷりに、ノリにそれを授けた。 「よし。」 それを、力強く受け止めるノリ。 久々に見た、僕の大好きな、あのカッコいい眼差しで、 やっぱりドキドキ、してしまった。 「じゃあユキ、コーチ、頼んだぞ。」 「え。」 急な就任命令に、一瞬すくんでしまったけど、 大丈夫、もちろん、そのつもりだったさ。 「おう、任せろ!」 弱気な僕だけど、頑張って強気で答えてみた。 凄くドキドキしてたけど、 凄く晴れやかな顔をしていたはずだ。 その日から、1週間後の決戦の日に向けて、 ノリと僕の猛特訓が始まった。 期間は1週間しかないけど、やれることは全部やろう。 僕の提案に、ノリはもちろんと頷いてくれた。 放課後の練習に加え、土日も当然のように駆り出されたけど、 それが苦だなんて、思うはずなかった。 以下、1週間のトレーニングメニュー。 腕のフォームの克服のため、 鹿島に近い形、鹿島よりも良いと思う形を意識して、 毎日腕振り50回の3セットを、時間を空けて3回。 近所の中等部の陸上部員が、こんな練習をしてた気がしたんだ。 意味があるかは分からないけど、やって損はないはずだ。 真面目にやるとこれだけでも体に来るはずだけど、 ノリは弱音など一切吐かずにこなしてくれた。 歩幅の克服のため、 練習の最初に股割りのメニューを入れた。 もともとそこまで体が柔らかいわけじゃない。 けど、痛いはずのところまで来ても、ノリは絶対に痛いと言わず、 代わりに僕に、もっと押せと言った。 走るときのストロークも、少しずつ、 意識して大きくしていくように言った。 それだけでも全然違くて、みるみる走りが変わっていった。 軸の克服のため、 視線を一点に集中させて走るように心掛けようと言った。 ノリは「良く、分からん。」と言って、 その言葉どおり、あまり改善が見られなかったから、 ちょうど正面の先に立つ桜の木の枝に、白いハンカチを巻きつけて、 ここだけを見て走ってと言ったら、 面白いようにまっすぐに、体の軸もほとんどぶれなくなった。 前のノリがどんな走り方だったのか、正直思い出せない。 きっとそれだけ、いい走りになったってことだろう。 タイマーとか、時間を計るものを持っていないから、 どれくらい速くなっているのか、実際本当に速くなっているのかも、 本当は分からないけれど、 ずっと見てきた僕が、贔屓目なしに、凄く手ごたえを感じてる。 そこに自信を持ったって、誰にも怒られないはずだ。 当の本人は、何が変わったのか分からないようだったけど、 「全然違う、凄い凄い!」と、僕が賞賛すると、 「そーか。」と、気持ち満足そうに答えていた。 うん、本当に凄いよ、ノリ。 「これなら勝てるよ!」なんて、 なんだか軽く聞こえる気がするから言えないけど、 でも本当に、今は心の底から、そう思っているよ。 うん、…きっと。
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