雑草と太陽 6
2回目の再戦が発表されたあの日以来、
ノリは放課後、毎日のように走り続けた。
僕も、そんなノリに付き添い、
ただただ、応援し続けた。
…でも、ただ、それだけだった。
今日は再戦の前日。
何かが改善されたのかと訊かれたら、
…、黙りこくることしか出来ない。
それでも僕は、
「よーい、ドン!」
ノリの望みを、ただただ、機械のように、
遂行することしか出来ない。…と、
「お、やってるやってる。」
「ぎっひひ。」
……っ!!
鹿島の仲良しグループだ。
帰る前に、ノリを冷やかしに来たんだ。
…そうに決まってる。
「順調かーい?」
「………。」
無言のノリ。
「何やっても勝てっこないのに、
ご苦労なこって。」
「おい、そういう事は言うなよ。」
「………。」
………っ。
「ま、一応、念のために、
今日の夜は念入りに、ちんこ洗っとけよな。」
「かっはは!!!」
「だなっ!!」
「……っ。」
………っ!!!
思わず、反射的に立ち上がる、僕。
「あ、あっち行け~!!!」
自分でもビックリした。
無意識的に、苦手な大声を裏返してまで、
そう叫んでいた。
「あれ、小池じゃん。」
「いたのか。仲良いな~相変わらず。」
「ヒューヒュー!ラブラブだな!」
「………っ!!!」
「もうキスくらいは済ませたのかぁ?」
「………っ!!!!!」
「おい、止めとけって。」
「はは、ついつい。」
そんな野次に、動揺しまくる僕とは対照的に、
全く動じず、自分のそれに集中するノリ。
おそらく、「何をバカなことを。」くらいにしか、
思っていないんだろう。
「ま、せいぜい頑張れよ~。」
本心からか、見下しか、まぁおそらく後者だろう、
鹿島はそう言うと、いつものメンバーを引き連れて、
ゆっくりと、消えていった。
はぁ、はぁ…。
何を1人、ドキドキしているんだろう。
…と、
「ユキ。」
「…へっ。」
なに…?
「合図、くれよ。」
「…え。」
あ、…あぁ、……そっか。
「…あ、はいはい…。」
…ふぅ。
「よーい、ドン!」
ただ、それに従う。
うん…、従う。
「…ふぅ。」
再戦前最後の練習も終え、僕の隣りに戻ってくるノリ。
「お疲れ。」
「おう。」
汗だくのノリに、タオルを差し出す。
「こんだけ走り込んだんだ。
明日はもう、余裕だろう。」
「……うん。」
ノリは、自分を信じきっている。
"努力は必ず報われる"。ノリの好きな言葉だ。
きっと、間違いないだろう。そうであるべきだろう。
…でも、
僕は心から、それに同調することが出来ない。
鹿島は速い。ノリだって、もちろん速い。…でも、
2人の速さには、未だに大きな壁があるのが事実。
1週間頑張るノリを見てきた今でも、
不本意ながら、その思いに変わりはない。
………。
「…あの、」
「ん?」
「あの…、さ。」
もしも…、
「もしもさ、明日さ…、…その…」
その…、………、
………っ!!!!
僕は思わず言葉を詰まらせ、前屈みになる。
あの日以来、再々戦が発表された日以来、
僕はその日を想像する度に、その日のノリを想像する度に、
自分のアソコが硬くなってしまうと言う事態に、
襲われざるを得なくなっていた。
こんなの、最低なのは分かってる。
そんなシーンを想像してしまっている自分が、
そんなシーンに興奮してしまっている自分が、
本当に許せない。本当に最低だと思う。
…でも、自分じゃ制御できないんだ。
「…………。」
体を丸め、言葉を切らす僕を横目に、
ノリが静かに喋り出す。
「そんなこと、あるわけないから。」
なんとなく、僕の気持ちを汲み取ってくれたのか、
そう、答えてくれる。
「何故なら、負けるわけないからな。」
自分に言い聞かせるように、そう言う。
…………。
「…うん。」
そう答えることしか、出来ない。
「まぁ、楽しみにしとけよ。」
「…うん。」
……、う、…ん。
「うっし。」
奮い立たせるように一言。
ランドセル片手に、立ち上がるノリ。
「俺、もう帰るけど、ユキは?」
相変わらずのノリ。…でも、今日は…、
「…ぼ、僕は、もうちょっと、
ここにいるよ。」
今、立ち上がるわけにはいかない…。
「ん?なんでだ?」
「え。」
…それは、……、
「いや、まぁ、…なんと、なく。」
「ふん。」
「…うん。」
「そか。」
「うん。」
「分かった。」
………。
「んじゃ、また明日な。」
「…、…うん。」
じゃ。
軽いあいさつで、遠ざかるノリの背中を見送る。
………。
そっか、待ってはくれないんだ。
…まぁ、そりゃあ、そうだよね。
ノリにとっての僕なんて、その程度だよね。
…ふぅ、そろそろ収まって…、…
きてないか。
……。
…ノリの目には僕って、どう映っているんだろう。
結構仲の良い、良く一緒にいる友達?
……、
それとも、いつも引っ付いてくる変な奴?
………。
はは、意外と、2個目だったりするのかもね。
…はは、………。
僕は一体、何をやっているんだろうな。
………。
ちょっとだけ、寂しくなった。
…かな。