小説

成長くらべっこ 14

全神経を手に集中させて、自分の答案用紙をひっくり返す。 クシャクシャッと言う紙の擦れる音が 静まり返った部屋の中で、一際の存在感を出す。 …それも一瞬。再び静寂に包まれる空間。 全ての結果が目の前で開示されたことを意味する。 反射的に閉じてしまった瞼を ゆっくりと、ゆっくりと、開く…。 フミちゃんが持つ5枚の紙、モノクロの用紙の上に やたらと映える朱色を、私の眼球はすぐさま捉える。 焦点が合わない、合わせられない…、おち… 落ち着いて…、落ち着い……て………、 ……!!! 私の瞳の中に、確かに映し出された、5つの数列。 …私から向かって左から…… …98……、 97…… …96…… …100……、? …、…100……!? もう一度右から目でなぞり、その点数が間違いないことを 私は私に確認させる。 合計…、500点満点中、…491点。 …あの、あのフミちゃんが……? しかも…100点が2枚……!? う、嘘…、…そ、そんな……こと……。 突きつけられたフミちゃんの本気に かなり狼狽しながらも、その視線をゆっくりと フミちゃんの顔へと向けていく。 ……… … ……、その顔は、相変わらずの赤色を所持したまま 目を見開いて、驚きの意を唱えていた。 …… …うん。そう。そうだよ。 そりゃ、そうだよね。 私の、私の得点、私のテスト用紙に刻まれた数字は 右から…、いや、左から…、いや、もう どっちだって、関係ないよ。 どっちから見ても、どっちから見たって、 …100、100、100、100、100。 まるでデジタルの世界みたいに無機質な羅列。 それでいて、これ以上ない桁数にして、これ以上ない点数。 500点中、最高得点の、500点満点だった。 視線をフミちゃんの手元に戻し 再び訪れる静けさと戦う。……… ……、ど、どう、…すれば…… 「こ、小春、…お前……」 フミちゃんの小さな声が、その静けさを、静かに終わらせる。 …な、…何……? 「お前……  …、どんだけ俺のちんちん見たかってん。」 そのセリフに、押さえ続けていた 全ての点数が分かったその瞬間から押さえ続けていたものが グラグラと加速度的に崩れ始め…… 「…、そ、そんなこと……!!」 不意に見上げた先にあったフミちゃんの顔は 嫌がるようでもなく、でも恥じらいの色はそのままに 何かを悟った賢者のごとく、にこやかに笑っていた。 そんな顔されたら、…私どうしていいか…… 「はは、冗談やって冗談。  でも、その反応こそが小春やな。」 嬉しそうに笑みを続ける。 …知らないよ、……そんなの……。 「いやぁでも、凄いわ。  全部満点のテストなんて、初めて見たわ。」 「………。」 私だってびっくりしたよ、全部返ってきたときは。 …でも、でもね、帰ってくる前にもう あー全部100点なんだろうなって言う、確信に近い予感はあったんだ。 何て言うかね…、それくらいね、 テスト中も、間違える気がしなかったし テスト後も、間違えた気がしなかった。 それくらい…もう、完璧にし過ぎて… それくらい…、きっと……、…!いやそんなこと…… 「さすが小春やな。」 絶えることない笑顔で、私を称賛するフミちゃん。 「…あ、ありがと、…う。」 ただただ、それに感謝を告げることしかできない私。 「俺も結構頑張ったんやけどなぁ~。」 頭をかきながら、自分の点数を改めて見つめるフミちゃん。 うん、いや本当に… 「凄いよフミちゃん。  こんなに点数取れてるなんて、本当にびっくりしたよ。」 「…なんや。  満点の奴に言われると、嫌味にしか聞こえへんなぁ。」 痛いとこを優しく突いてくる。 でも、そんなこと言われたら、私反論しようが… 「冗談や冗談。  んでもまぁ、この点数くらい  小春のおっぱい見てみたかったっちゅうわけやな。」 少年みたいな笑顔で、真っ赤に腫らした顔をクシャっとさせる。 ……もぅ。 「んでも、それでも  小春の、俺のちんちん見たいっちゅー気持ちには  敵わなかったっちゅーわけやな。」 これでもかとばかりに、追撃をしてくるフミちゃん。 反論すればいいのに…、結果が結果なだけに、反論できずに ただただ黙りこくることしか出来ない。 …今、私どんな顔してるんだろう。 「なんやぁ小春、1人で顔真っ赤で恥ずかしがって。  俺のが恥ずかしいねんぞ~。  なんてったって、これからすっぽんぽんやからなぁ!」 態勢を崩し、これから自分がしなければならない行為を 自分の口で発してみせるフミちゃん。 分かっていたけど、もう一昨日から分かっていたけど それを改めて言葉で聞かされると、爆発しそうなほど 恥ずかしくなってしまう。 「………。」 だから、ただ、無言を貫く。 「…まぁ、…しゃーなしや。」 私の反応など待たずに、ただただ独り言のように会話を進め 決心したようにその一言を呟く。 …、そ……、そっか……。 「…んでもな、多分500点満点なんちゃうかな~って  実は思っとったんよ。」 急に話を変えるフミちゃん。 「…な、……なんで?」 ようやく正常な反応が出来る私。 「いやな、昨日の野球の試合の後、ちょっと話したやん?」 「…うん。」 「俺があのとき言ったこと、覚えとるか?」 「…え?」 何か…、言ってた……? 「『…小春がおっぱいボインボインせなあかん可能性、  それなりにあるような気ぃすんで?』  …って、言ったんや。」 …あぁ、そう言えば、…そんなこと…… 「それに対してな、小春はな、  『…そ。』って応えたんや。一言だけ、素っ気なしにや。」 …うん、動揺を見せないように、冷静を装って… 「あり得へんねや。」 「…な、何が?」 「結果が出てる前ならまだしも、結果がすでに出てるときや。  そん時に、俺があんな自信たっぷりなこと言ったら  普通小春なら、絶対普通じゃいられなくなるはずや。  こんだけ付き合いの長い俺が言うんや、間違いない。」 「…べ、別にそんなこと……」 あれは、演技で…頑張って演技して、… 「じゃー仮にや。  もしも小春の点数が500満点やなしに、  1点足りない499点だったとしたらや。  それでも小春は、昨日みたいな反応が出来たって言えるか?」 …そりゃ1点くらい足りなくても、きっと同じように…… 「いんや、無理や。小春には無理や。  もし499点だったら、万が一俺が500点だった場合のことを考えて  動揺して、あんな完璧な演技できなかったはずや。」 …そ、それは…… 「あん時な。  あ、こいつ、もう自分が負けることはないって思っとるんやな。って  分かってしもたんや。  つまり、こいつ500点取りよったんやな、ってな。」 …そ、そんな……、 「んじゃ聞くけど、  俺があんなこと言ったとき、あり得ないと分かってたとしても  自分がおっぱいボインボインしてる姿を欠片でも想像したか?」 …そ、それは…、ま…、全く…… 「あの時小春はもう  目の前にいるユニフォーム姿の俺が  次の日すっぽんぽんになってる姿しか、想像してなかったはずや。  そうやろ?」 ………!! 昨日の自分の姿を思い出し それが今フミちゃんの言ったそのまんまであることに 私は驚愕する。 「…それにや。  明日何処でするか?って言ったとき  小春、ちょっと考えてから『フミちゃんの家でいいよ。』って  言ったやろ?」 「…う、うん。」 「おかしいな~って思ったんや。  いつもの小春ならまず、『どっちでもいいよ。』って  ひとまず俺に返してくるはずや。」 …そ、そんなことも…… 「小春、変に優しいところあるからな。  俺の家と小春の家、そんなに近くないやろ?  もし小春の家でやるとしたら  わざわざ小春の家まで俺が出向いて  んでちんちん出して、ブランブラーンさせて  で、恥ずかしい思いだけして、自分の家に帰ることになる。  それを想像して、あまりにも惨めに、可哀そうに思ったんちゃうん?  だから、せめてもの痛み分けで、私がフミちゃんの家までは行こう…  そう思ったんやろ?」 ………!!!!! なんで、…なんでそんな…、そんな…、完璧に… 私でも気にしていなかったことなのに…、分かるの…… 「野球は心理戦や。文弥くんを舐めるなよ~。」 嬉しそうに、でも、もの凄く恥ずかしそうに、そう、言う。 「…んでもまぁ、約束は約束やからな。  覚悟決めなあかんな。」 ……! 近づくその時に…やっぱり、…躊躇って…… 「…あ、…やっぱり…、こう言うの、は……!」 「いんや。」 止めに入る私を、笑顔で止めるフミちゃん。 「罰ゲームは罰ゲームや。  しかも今回は自分で言い出したヤツや。  ここは男らしく、やり抜かな。  …それに小春だって、そのためにここに来たんやろ?」 ……!!そう言われるともう 何も、…言い返せない。 「うん、ええわ。…脱いだる。」 私に、そして自分にも言い聞かせるように 強い意思のこもった口調で、そう発する。 「文弥くんのぜーんぶ、見したるわ。」 その笑顔が、優しさと恥ずかしさに満ち溢れていて 私はそれを、ただただ無言で見つめることしか、 出来ませんでした。
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