成長くらべっこ 19
ドックーン、と、大きく跳ね打つ心臓。
...来るっ......!!!
緊張と、興奮と、恐怖と、微量の申し訳なさから
私は咄嗟に視線を逸らしてしまう。
...はぁ、...はぁ...、はぁ......
ゆっくりと、...視線を...、戻す...、...と
......
...あれ?
...そこには、さっきまでと、何も変わらない
フミちゃんの後ろ姿が。
...と、そのまま床に落ちていたバスタオルを拾い上げ
後ろ向きのままそれを腰に巻く。...と、
―クルッ。
「まだ、お預けや。
第1部、終了や。」
その笑顔は、予想を遥かに超えるほど
汗まみれで、真っ赤で、それなのに、きっと誰よりも
優しく感じました。
「...どや、楽しんでくれてるか?」
腰タオル姿で、私の座る椅子の前で
胡坐座りをするフミちゃん。
...そりゃ、もう
「...、楽しんでますよ。
どうにかなりそうなくらい。」
...もう、どうにかなってるのかもしれない、けどね。
「...そか、そらやった甲斐あったわ。」
汗まみれの顔を、手で拭う。
タオルがもう使えないから、拭っても拭っても
ビショビショのまま。
「こんだけ汗かいたら、痩せてまうやろな。」
少年の笑顔は、私のただただ無言にさせる。
「いやぁホンマ、全部脱がされてもうたなぁ。」
手元に積まれた、全ての衣類を見る。
...別に、...私が脱がせたわけじゃ......。
「まさか、パンツ嗅がれるとは思わんかったわ。」
「...だって、...い、いいって言ったから......。」
「.........。」
「.........。」
「......、ホンマに嗅いだんかいな。」
「...え。」
肩眉毛を上げ、目を若干泳がせるフミちゃん。
...え、ちょ、ちょっと...、バレてなかった......!?
...で、でも......バレ......、...た......?
......。
「正真正銘の、変態やな。」
すぐ、凄く、嬉しそうな顔に変えて、そう訴える。
「...ふ、フミちゃんだって、...変態のくせに。」
極限状態で、精一杯の反論。
「...ほう。
自分がもう変態ってことは、認めたんや。」
相変わらずに、痛いところを突いてくる。
...でも、もう、それに関しては、反論のしようがないもん。
「...お互い様...だもん。」
絶対にフミちゃんが喜ぶだけのセリフを
目線を何処かに逃がしながら呟く。
「...やな。
変態コンビやな。」
嬉しそうな笑顔が、清々しいほどに、容易に想像できる。
...いいよもう、...それでも。
「あ、そやそや、ここでこれやった。」
何かを思い出したように、タオルをしっかり掴みながら
その場に立ち上がる。
そのまま勉強机まで移動し、さっきタオルを出した引き出しと
同じ場所を開け、何かを取り出し、閉じる。
そして
「ほれ。」
近づきながら差し出されたそれ。それは
「......!!!」
テスト前のいつか、突然呼ばれて見せられたもの...
あの頃の、1年生だったころ、はだかんぼの、私とフミちゃん。
「変態の小春なら
それの使いから、よー分かっとるやろ?」
何も返答できずに、たださせられるがまま、それを受け取る。
...比べる、...比べやがれ変態っ!...って、ことだよね。
......、ふぅ。......。
...でも、でもやっぱり、改めて見てみても
こんな無邪気な男の子なのに、恥じらいも知らない少年なのに
それに興奮してしまっている私。
...ホント、この後私、どうなっちゃうんだろう。
「...と、そやそや。それで思い出したけどな。」
「...?」
立ったまま話を続ける。
「このテスト比べっこと罰ゲーム。
なんで始めるようになったんかって、この前ゆうてたやん。」
「...うん。」
「あの理由な、実は俺知ってんねん。」
「...えっ。」
そう言えば気になっていた、忘れてしまっていた大元の理由。
...覚えてた...、の......?
留まることのない汗を片手で大胆に拭ってから
そっと語り始めるフミちゃん。
「俺が転校してきたあの日、俺の方から小春に話かけてん。
それは覚えてるか?」
...え、そうだった...っけ......?
「...まぁええわ。
で、席は小春と全く離れてたけど、それでも、
俺は最初に小春に話しかけたんや。
なんでか分かるか?」
...え、い、いや...、全然......
「...ポツーンとしとったからや。」
...え。
「なんか、1人ポツーンと寂しそうにしとったから
なんとなーく、話しかけやすいな~思たんや。
んで、そんだけや。」
...え、そ、そうだったっけ...?...っだった、んだ...。
「それでもな、今だから言えるけどな
俺大阪生まれの浪速っ子だったくせに、めっちゃ弱虫で
人見知りで、臆病やったんや。」
...そ、そんな風には見えなかったけど...
「大阪弁のせいやろ?」
...あ、...確かに、そうかも......
「もう訛りが抜けない~なんてゆうとったけど
ホントはあの時点で、訛りなんかそんなに定着してなかってん。
標準語に戻せ~言われたら、全然戻せたレベルや。
...んでも、敢えて大阪弁キャラになり切ったんや。
理由は、なんとなく、強そうだから。
これも、それだけや。」
淡々と、感慨深そうに話していくフミちゃん。
...知らなかった事実に、相変わらずの興奮に、驚きを加えていく。
「...で、タイミングを見計らってな、小春の席の前に立ってな。
バックバクしながらな、もうホントに率直にな、
『俺と友達にならへん?』って声掛けたんや。」
......。...そう、...だった気も......する。
なんかファッて思い出して、また違った恥ずかしさに襲われ始める。
きっと...、今のフミちゃんだって、...そう。
「でな、小春、なんて答えたかって言うとな。
『い、いいんじゃないっ...?』って、カタコトで返してくれたんや。
今思えば、なんやそれ、言うてな。」
「...そ、そんなこと...!!
なんでそんな私だけガッチガチなの...!!!
フミちゃんだって、もっとガチガチだったはずだよっ......!!」
「ははっ、覚えとらんわ。
...んでもまぁ、そうやろな。」
いわゆる自然な照れ笑いを、自然にこぼす。
「で、その答えに、俺は言うたセリフが
『...最後のテストで、勝負もせぇへん?』やったんや。」
「...え?」
何その、何の脈絡もない急展開...。
「...いやな、きっと、これは俺の憶測やけども
きっと俺、ずっと友達でいれるかどうか、不安やったんやと思う。
だから、保険としてな、1年の終わりまで友達でいてなって言うことを
遠回しに言おうとした結果が、そうなったと思うねん。」
...そ、そんな、そんな秘密があったんだ。
そりゃ、そんな突然に決まったこと...、きっと私も驚いてたはずだし
...忘れちゃうよ...ね。
......で、それに対して、私の反応は......?
「『い、いいんじゃないっ...?』ってな。」
「な、何それ~。
わ、私...、馬鹿な子みたいじゃん......。」
「そら俺かて一緒やろ~、お互い様や。
んでも、今思い出すと、そら恥ずかしいけど
でもなんか、可愛いやんっ、って、思えへん?」
「......、ま、まぁ......、ね。
嬉しそうな照れ笑いに、素直に私も、返してみる。
「んで、そっから、一緒に遊んだり、勉強したり、風呂も入ったり...
もちろん、テストくらべっこもしたり、ってな。
俺が覚えてる限りでは...、な。」
「...そ、そうだったんだ......。」
なんとなく、てっきり私から言い出したものだと思ってたけど、
まさか、フミちゃんから提案されたものだったなんてね。
ちょっと、...ううん、...凄く、ビックリした。
「でも、理由はどうあれ、こうやってこんな仲良うなれて
ビックリするくらいくらべっこも続いて、んで、今の俺らがあるわけや。」
「...うん。」
なんか、...不思議な感じだね。
「んまぁ、まさか6年後になった今、
素っ裸姿見られることになるなんて、思ってもいなかったけどな。」
当たり前...、...だよ。
「言っとくけど、6年にもなって
ちんちん見せてくれる同級生なんて、滅多におらんからな。
実はなかなかのラッキーガールなんやぞ~小春は。
あの時『い、いいんじゃないっ...?』言うた自分を、褒めてやりよ。」
...もう、...わ、分かったってば...。
「...まぁええわ。
とりあえず、改めて、あの時、友達になってくれて、ありがとな。」
汗だくの笑顔で、ついでにそんなことを言う、フミちゃん。
...これ以上ドキドキすることはないけど、
きっと、これ以上にドキドキして、
「...こちらこそ、声掛けてくれて、ありがとね。」
精一杯の、でも、作り笑顔じゃなく、本物の笑顔で、そう返した。
「......はは、なーんや。照れんな。」
両手で汗を拭く、...ふりをして、きっと顔を隠すフミちゃん。
その仕草が、この写真のフミちゃん以上に、もの凄く、可愛く感じた。
「...と、いつまでも時間稼ぎしとってもしゃーなしやな。」
...ゴクリ。
「あの時の感謝の気持ちも込めて、
男なら男らしく、...ボローン見したらなな。」
そう言って、ゆっくりと、
巻かれたタオルを、解き始めました。