成長くらべっこ 2
ジュースとお菓子を持って戻ると
物珍しそうに部屋を見回すフミちゃんの姿がありました。
「え、ど、どしたの?」
「あ、いや、なんか、懐かしいな~思て。
すまんすまん。」
「いや、別にいいけど。」
特に1年前と変わりはないはずだけど
でもまぁ1年ぶりだもんね、そりゃあ気になるよね。
そうだ、紹介が遅れてしまいました。
この男の子の名前はフミちゃん、本名は久保田文弥。
1つ隣りのクラス、2組にいる、ご近所さんってわけじゃないんだけど
小学校1年生の時から付き合いのある男の子です。
「なんか落ちつかへんな。」
「なんでぇ?」
「いや、なんか、なんとなくや。」
「…へんなの。」
「…んまぁ気ぃ遣ってもしゃあないしな。
遠慮なくくつろがしてもらうわ。」
「どうぞ~。」
そう言って、ゴロンと仰向けになるフミちゃん。
気付いていると思うけど、フミちゃんは大阪弁を使います。
ここは東京なのに、大阪弁を話します。
小学1年生のときに、大阪から東京へ引っ越してきたんだけど
そのときにはもう体に大阪弁が染み付いちゃっていたみたいで
6年間こっちで生活した今でも
その訛りが直ることは全くないみたいです。
「…で、どうしよか?」
「うん、そうだね…。」
これもまた話すがの遅れてしまいました。
今私たちが何を話し合おうとしているのか、と言うと
来週にある6年生の期末テストについて、もっと言えば
その期末テストでの罰ゲームについてです。
期末テストの全ての科目の合計点、それを2人で比べて
点数の低い方が負け、罰ゲームを受けると言う
まぁちょっとした賭け事みたいなものです。
なんでそんなことをするのかと言うと
それはもう、なんでと言われたら上手く答えられないけれど
とにかく過去5年間、小学校1年生のときから続けていることだから
もう何と言うか、2人の中の暗黙の了解で
儀式と言うか、やらなきゃいけないこと…
みたいになっているものなんです。
フミちゃんはどう思っているのか分からないですけどね。
少なくとも、私の中では、そう思っています。
「うーん、いつもどやって決めてたんやったっけ?」
「うーん…、なんか、2人で適当に言い合っていって
お互い納得したら、そこで決まり、みたいな感じじゃ
なかったかなぁ。」
「あー、せやせや。
そんでなんだかんだで結局最後は小春が
決めてまうんやったよな、いつも。」
「そんなことないよ~。」
楽しそうに笑うフミちゃんに、少しだけ反論してみる。
けど、実際はいつもそんな感じだった気がするかな。
「ってか、去年の罰ゲームって何やったっけ?」
「えー!忘れるの早すぎだよ~。」
「いやもう結構やっとるからな、ごっちゃんなっとるわ。」
「ホントに~?ハンバーガーだよ、ハンバーガー。」
「あー、そやったな。」
小学5年生のときのの期末テストの罰ゲーム。
『負けた方が勝った方にハンバーガーセットを奢る』
「結果はどうやったんやっけ?」
「ちょっとぉ、本気で言ってる?私が勝ったの!」
「あれぇ、そやったっけ?」
「私がベーコンレタスバーガーセット奢ってもらったんだよ。
確かフミちゃんはダブルチーズバーガーセット頼んでたはず。」
「覚えすぎや。」
「…フミちゃんが忘れ過ぎなだけだよ。」
確かあの日はフミちゃん、鼻に絆創膏してた気がする。
確か学校のジャージ着て…、って、確かにちょっと
覚えすぎかも…。
「でも確かギリギリの接戦やったんやなかったっけ?」
「私の圧勝。」
「そうか~?」
「53点差。正真正銘私の圧勝だったよ。」
「…小春お前、歩く記憶マシーンやな。」
「…何、記憶マシーンて。」
はははっ、と、嬉しそうに笑うフミちゃん。
…もしかして私、からかわれてる?
「小4のときは何やったんやっけ?」
「本当に覚えてないの~?肩揉みだよ、肩揉み。」
「あ~、そんなんもしたなぁ。
で、そんときは俺が勝ったんやったよな?」
「…とぼけてるでしょ?」
「あっはは、やっぱり小春は、からかいがいがあるわ。」
「…むぅ。」
全く、…て言うか、何処からとぼけてたんだろう…。
とりあえず、4年生のときの罰ゲームは
『負けた方が勝った方の肩を揉む。』でした。
「それで、3年生のときは…」
「3年のときは
『負けた方が勝った方に歌をうたう。』
2年のときは
『負けた方が勝った方のランドセルを持つ。』
やったかな。」
体を起こしながら、私に重ねるようにそう言う。
「…なぁんだ、覚えてるんじゃん。」
「そらまぁ、受けた張本人やからな。」
あの頃を思い出しているのか
頭をかきながら、少しにやけてみせるフミちゃん。
そうです、過去5回やってるこのくらべっこだけど
結果としては私の全勝。5勝0敗。
フミちゃんが全然勉強ができないってわけじゃないけど
基本的にいつも私の圧勝で終わっていたし
私自身もなんとなく勝つ自信があったから
いつも罰ゲームを考えるとき
自分がやられて嫌な罰ゲームを考えると言うよりは
自分がやってもらって嬉しい罰ゲームを考えて
それを結果としてフミちゃんに押しつけていたような気がします。
なんだかんだでフミちゃんも優しいから
それにちゃんと乗ってくれていたんだよね。
「フミちゃんの歌、音痴だったなぁ~。」
「うっさい、ってか小春のランドセル重すぎやろ。
どんだけ学校に持ち込んどんねん。」
「あれはわざと必要ないものまで詰め込んでただけだよ~。」
「やらしいな~。」
「ふふ。」
「…で、いっちゃん最初の1年のときは
何したんやったっけ?」
「えっと、一番最初は…」
すぐに思い出せたけど、言うのを少し躊躇ってしまう。
一番、最初は…、小学校1年生のとき、は…
「背中流し…、じゃなかったかな。」
「はは、そやったなぁ。」
「…本当は全部覚えてたんでしょ?」
「小春ほどやないけどな。」
「うるさいなぁ。」
ははっ、またフミちゃんが嬉しそうに笑う。
「でも、懐かしいな~。
俺ら、一緒に風呂とか入ってたんよな。
今思うと、考えられへんわな。」
「うん、…そだね。」
「お互い、素っ裸見たことあるわけやもんな。
そう考えると、なんか照れてまうな。」
「…へ、変なこと言わないでよ~。」
何処までからかうの…
でも、そう考えると、凄く不思議な感じがします。
昔は何の抵抗もなく、2人で裸でお風呂に入っていたなんて。
今じゃ絶対に考えられないことだもん。
……
「…で、今年、やな。」
「うん。」
「ラスト、やな。」
「うん。」
……
沈黙。お互いにしばしシンキングタイム。
実は私も、まだ何も罰ゲームの案を思いついていませんでした。
これでおしまいって思うと、どうしてもいろいろ考えてしまって。
……
「なぁ、小春。」
「…ん?」
突然名前を呼ばれて、ちょっとだけびっくりしてしまう。
…再び小さな沈黙。…、その後に
「最後やし、どうせやったら、派手に行かへん?」
その顔が、何処かさっきまでとは違く、真剣に見えて
私は少しずつ、ドキドキし始めていました。