少年裸祭り 【弐拾九】
- 鈴谷 孝輔
- 2009/01/03 09:30
- 民家の庭
祭りは順調に進んで
これから体に厄を塗るところだ。
神主さんからの話も終わって
自分の番になるまでは待機だ。
…にしても寒かったなぁ。
平常心を保って堂々と歩いてきたつもりだけど
正直途中とか心が折れそうだった。
自分を褒めてあげなきゃな。
あとやっぱりストーブって画期的な家電製品だよな。
体の芯から温まる。
日本の素晴らしい技術にも感謝だな。
…にしてもここの家大きな家だよな。
俺もこう言うところに住んでみたいなー。
俺自分の部屋とかないから、こう言う家見ると
つい羨ましくなっちゃうんだよね。
ま、ないものねだりは良くないけどさ。
しばしの間ストーブを囲んで
男12人で体を寄せながら西島と山井とお喋り。
寒さが和らいでいく。
でも温まりすぎると、海に浸かるときに
体が拒否しちまいそうだからな、ほどほどに、だ。
ふぅ…
ぬくいぬくい…
…
-「うわあぁぁぁぁぁぁぁああああああ!!!!!」
…んん!?
温かさに完全に油断しきっていた俺の体が
背後から聞こえてきた甲高い奇声に大きく反応する。
瞬発的に体をそちらの方に向けると
小さな少年が庭に面した畳の部屋の中から走ってくる。
その少年はそのまま靴も履かずに庭に飛び出してきて
こちらに向かってくる。
…?手に何か持ってる…?
…てか俺を目掛けて走ってきてる…!?
何事かを判断する余裕もなく
避けるほどの警戒心も失っていた俺に
男の子はそのまま、もの凄い勢いでタックルしてきて…
流石に身を崩す俺。
痛さよりも何よりも驚きが頭を巡って
その次にきたのは
ケツに当たったストーブからの熱だった。
「…あっちーーーーーー!!!!」
年甲斐もなく、子供みたいに熱がる俺。
…まぁ、まだ子供だけどさ。
…ってか、…なんだ?なんだなんだなんだ???
「だ、大丈夫か!?」
西島と山井がビックリしたような顔をして聞いてくる。
ビックリ…したけど、未だに状況を把握できない。
目の前には、ぶつかった衝撃で地べたに座り込む少年。
手に持ってるのは…筆?
「お、おい…」
西島の声に、そちらに顔を向けると
その視線は俺の下半身に向けられていた。
…ん?
……んお!?
俺の白い褌の真ん中には、少年の筆で書かれたのであろう
真っ黒の染みがついていた。
すぐに駆け寄ってくる役員の人。
「うあー…こりゃあまいったな…。」
「墨だしな…なかなか落ちないぞこりゃあ。」
「ご、ごめんなさい…。」
少年は地面に座ったまま俺らに視線を向けて謝ってくる。
…ん?
この少し攻撃的な瞳…誰かに似てるな。
…とか今は考えてる場合じゃなくて。
「坊主、どうしたんだいイキナリ。」
「いや…ちょっと…奥の部屋で書初めやってたんですけど
その…急に足を滑らせちゃって…
本当にごめんなさい!」
…足を滑らせたようには見えなかったけどな。
しかも書初めの最中にって…
まぁ少年を、小さい子を疑うのは
人間的にナンセンスだよな。
しょうがない。
「んー、しかしどうすっかなー。
このまま禊に出るのはマズイ…よな。」
「…で、ですよね。」
なんか良く分からないけど、とりあえず困ったな…。
「あ、あの!」
と、少年が腰を上げながら声を出す。
「ウチに代わりの褌あると思います!
ここ、僕の家だし。」
急に目を輝かせてそう言う少年。
なんか…いろいろ怪しいんだけど…
…んまぁ少年を疑ったりしちゃあいけないよな。
ナンセンスナンセンス…。
「そうか。
…この際しょうがないな…
もし代わりになりそうな褌なら
取り替えた方がよさそうだな。」
「…そうですね、とにかく善は急げですね。
おい僕、それがある場所ってすぐに分かるか?」
「はい!なんなら案内しますよ!」
なんか知らない間に役員の人と少年の会話が進んでる…
まぁ
たまたま少年が書初め中に足を滑らせて
たまたま筆先が俺の褌に命中して汚れて
たまたま少年の家に褌のスペアがあるんなら
褌を付け替えるしか、俺に選択肢はないよな…。
…はぁ…やっぱり一筋縄ではいかないな、祭りって奴は。
まぁ、仕方ない。
「時間もあるしな、早い方がいい。
君は第二小学校の子だよね…
間宮さん、すみませんがまたお願いできますか?」
「あ、は、はい!」
隅の方にいた間宮さんが
事態を把握してこちらに向かってくる。
…そっかぁ、また締め込みするんだよなぁ。
流石に2回目はちょっと…恥ずかしいかな。
まぁ仕方ないけどさ。
…とまぁ、なんだか良く分からないけど
新しい褌に締め直すために
俺は間宮さんと少年と一緒に
家の中に入っていった。