小説

少年裸祭り 【伍拾四】

石田 佳奈
  • 石田 佳奈
  • 2009/01/03 10:49
  • 石田家の庭
鈴谷は庭に置かれたストーブの傍で バスタオル1枚姿で体を温めている最中だった。 …そっか、まだ褌締め直してないんだ。 …当然か…な。 いつみは一目散に鈴谷の隣にいた山井の元へ 向かっていった。 …わたしもあんなあからさまな態度 一度くらいはしてみたいなぁ…なんて思っちゃう。 …とまぁ、そんな勇気もないわたしは それとなく鈴谷に近づいていって それとなく話かけてみることにする。 …これだって、相当勇気いることなんだけどね。 「…お、お疲れ!」 「…お、おう石田か、うん、ども…。」 落ち着いてるなぁ、鈴谷。 あんなことがあったのに、流石大人って感じ。 …と言うか何も考えずに ただ話したいからって理由で来ちゃったけど いざ話すとやっぱりドキドキしちゃう。 …こんな近くで鈴谷の裸見たの初めてだし。 …なんてバスタオル姿の鈴谷を見ながら思ったけど ついさっき、そのバスタオルも身につけていない 生まれたままの姿の鈴谷を見てたんだよね…わたし。 一瞬だったから良くは見えなかったけど。 …そう考えると、恥ずかしいと言うか… 目のやりどころに困っちゃった。 …と、とりあえず何か話を続けよう…。 「た、大変だったね~、いろいろ…と。」 「…あ、あぁ…まぁな~…。まさか…な。はは。  んでもまぁ仕方ないさ、うん。」 そう言って頭をぽりぽり掻く鈴谷。 少し染まった頬が…凄く可愛く見えた。 「…まぁ、もしかしたら  見苦しいモン見せちゃったかも知れないけど。」 見苦しいモノって…おちんちんのことかな。 ぜ、全然見苦しくなんかなかったのに…むしろ… 「そ、そんなことないよ!  見苦しくなんか…  すごいかっこよかったよ!男らしくって。」 何が見苦しくなくて 何がかっこよかったのかは言わなかったけど わたしはとにかく、率直な感想をそう述べた。 面と向かってかっこいいなんて言ったことなかったから ちょっと恥ずかしかったけど…。 「…そ、そうか?  …まぁそう言ってもらえると救われるって言うか  嬉しい…かな。」 照れ笑いしながらもそう言う鈴谷は 本当に嬉しそうに笑ってくれて その1つ1つの鈴谷の表情に わたしはいちいちドキドキしてしまっていた。 おちんちんも見れた、こんな話をすることもできた。 もうしたいことは全て出来た…はずなんだけど でも何処か やっぱり心にしこりが残っているのは事実だった。 嫌いになれなかったのは、もうしょうがないと思う。 …だって嫌いになる要素が1つもないんだもん。 むしろもっと好きになっちゃった…よね、多分。 …それとは別に、頭から離れないのが あのお風呂場の脱衣所での出来事。 桃子…あそこで鈴谷のおちんちんを 目の前で見たんだよね。 わたしがさっき見たときなんかより ずっと長い時間、ずっと至近距離で きっと頭に焼きついて離れないくらい、見たんだよね。 そしてそんな桃子を心配してた鈴谷。 …きっとわたしのわがままのせい。 これが嫉妬…って言うんだろうけど 初めて芽生えたこの感情に わたしはずっと戸惑っていた…。 どうすれば解消できるんだろう… きっとわたしが桃子と同じ経験をすれば この肩にかかった重荷を除去できるんだろうけど もうそんなこと起こるわけないし …我慢するしかないんだよね。 …今ここで目の前の鈴谷のバスタオルを少し引っ張れば きっとすぐに鈴谷のおちんちんが現れるんだろうけど そんなことできるわけないし きっとそんなことでどうにかなることでもないんだと思う。 不慮の事故…鈴谷のおちんちん…見て心配される… そんな奇跡みたいなシチュエーション もう起こるわけ無いモンね。 …「兄ちゃーん!」 わたしが勝手に感慨にふけっていると ふと後ろから声が聞こえてきた。 …隆? その声に反応する鈴谷。 どうやら兄ちゃんと言うのは、鈴谷ことをさしてるみたい。 「おう、少年。」 部屋の中から庭に向かって走ってくる隆の姿を確認して そう呟く鈴谷。 って言うか、少年て…w 隆はそのまま縁側の端までくると そこからわたしたちに向かって大声で叫ぶ。 「書初め!書初め書き終わったんだ!  せっかくだから兄ちゃんに見てもらいたいんだ!  見に来てよ!!」 キラキラした瞳で、そう鈴谷にせがむ隆。 「…おう、そうか!書けたのか!うん、行く行く。」 優しい笑顔でそう答える鈴谷。 「姉ちゃんも見に来てよ!ほらほら。」 「…え、う、うん。」 そう言って隆は、足早に部屋の中へ戻っていく。 「…ん?姉ちゃん…?」 「…え、あ、あぁ。あれわたしの弟の隆。」 「え!あ、あーそうなのか!  …あ、そっか確かに言われてみればそうだよな。  そっか誰かに似てると思ったら…石田だったのか。」 「…うん、そう言うこと。」 「んじゃーこの家も、石田の家ってことか。」 「…まぁ、そう。」 「…へぇー、すげぇなぁー…。」 そんな話をしながら、わたしと鈴谷は部屋の方へ向かう。 縁側には西島と桃子が、肩を並べて座っていた。 …何を話しているか気にならないって言ったら嘘になるけど とりあえず今は自分のことで頭が一杯。 その横を通って部屋の中へ入っていった。 縁側沿いの部屋の隣りの、仏壇のある畳の部屋で 隆は待っていた。 書初めの道具が、部屋の真ん中を占拠するように 乱雑に置かれている。 その丁度真ん中に置かれている半紙を手に取ると 隆は嬉しそうな笑顔でわたしたちにそれを見せ付けてきた。 「ジャーーーーーーーン!!」 その半紙には『少年裸祭り』と 決して上手いとは言えないような字で でも、男の子らしく堂々とした字で書いてあった。 「おーーーー!上手いじゃんか!やるなぁ。」 お世辞ではあるのだろうけど 心からそう思っているかのようなトーンで そう隆を褒める鈴谷。 ホントに…優しいんだなぁ鈴谷は。 …って言うか『少年裸祭り』って…。 その題材をチョイスしたことに 突っ込もうとはしないのね。 「やっぱり!へへ!やったね!!」 その鈴谷の評価に不自然なくらいに体をくねらせて喜ぶ隆。 その隆の喜びの舞は、徐々に守備範囲が広がっていき… …ガシャン。 …!? 最初何が起こったのか、良く分からなかった。 でもすぐに、目の前が黒く淀んでいく様子が目に入り その状況を把握することができた。 隆の足が墨壷を直撃し その中にタンマリと注がれていた墨汁が 畳の上に、これでもかと言わんばかりに広がっていく。 「うわぁぁあ!!!」 「うお!、ちょっ…!!」 「きゃっ!!」 一斉に声を上げる3人。 …ちょ…っと!ど、どどど…どうしよう…!!! 隆は目を丸くして、その場で立ち尽くしている。 …と、とりあえずタオルか何か持ってこなきゃ…! わたしがとにかくタオルを持ってこようと 脱衣所へ向かおうとした… その瞬間。 隣りに立っていた鈴谷が 自分の腰に巻いていたバスタオルをおもむろに解き そのタオルを使って…無言で、畳を拭き始めた。 わたしはあまりにも突然の出来事に、言葉を失う。 すっぽんぽん姿になった鈴谷は、ひざまづきながら 畳の墨汁を拭いていく。 綺麗になっていく畳と、黒くなっていくバスタオル… そんなものよりわたしの視界は 鈴谷のお尻を確実に捉えてしまっていた。 鈴谷のその咄嗟の行動のお陰で 畳に広がった墨は、ほぼ畳に染み込むこともなく バスタオルへと吸収された。 「…ふぅ。」 そう言って黒ずんだタオルを 持ちながらその場で立ち上がる鈴谷。 もの凄く至近距離で、今度は鮮明に映る鈴谷のおちんちん。 ドクンドクンと急速に、心拍数が上がっていく。 「…お、俺!代えのバスタオル持ってくる!」 鈴谷が立ち上がってすぐ、隆はそう叫ぶと 小走りで部屋を出て行く。 部屋を出る直前、隆がわたしにだけ分かるように 小さく親指を立てた手を見せてきた…ような気がした。 隆…?……!!まさか…!? 隆がいなくなった部屋で、突然2人きりになる。 「…ふぅ。  なんとか大きな被害にはならなくて済んだな…。」 …丸出しのままそう言う鈴谷。 わたしの目線はそこに釘付け…。 「…ありがと…ね。」 目のやり場に困りながら、お礼を言うわたし。 でも… 「あの…す、鈴谷…」 わたしは恥ずかしながらも、鈴谷のそこを見ながら 隠さないの?と言う意味を込めて、そう呟く。 「…!うおぅ!!」 墨を拭くことに夢中で忘れてしまっていたのか 鈴谷はようやく気づいたような驚いた声を発して おちんちんを手で隠そうとした…けど 手が汚れてしまっているせいで そうするワケにもいかず、隠すに隠せず おちんちんの前で両手を浮かせるようにして わたしの視界に、それが映らないように試みている。 鈴谷の白い顔が、少しずつ赤く染まっていった。 わたしは何かないかと周りを見渡し 咄嗟に視界に入った、部屋の真ん中に置かれた 書初め様の大きな下敷きを手に取り 鈴谷に差し出す。 「…こ、とりあえず…これで…!」 「…お、おう、サンキュ。」 わたしのそれを受け取り、応急処置といった感じで それを腰に巻き、バスタオル代わりにする鈴谷。 やっと…隠れた。 …でも、バッチリ…見ちゃった。 隆のせいで…隆のおかげで…隆の策略で…? 「…す、すまんな。」 「…え、いや、そんな、…なんで?」 突然わたしに謝ってくる鈴谷。 謝るなんて絶対、わたしたち姉弟の方なのに…。 「…いや、その…また変なモン見せちまった…だろ?  申し訳ない。」 そう言って小さく頭を下げる鈴谷。 その言葉、その仕草に わたしの胸はドキンと大きく跳ね上がる。 「…そん、そんなこと全然ないよ!  べ、別にわたし嫌な思いなんてしてないし…  むしろ拭いてくれて…  お礼を言わなきゃいけないくらいだよ…!」 そんな鈴谷の姿に、わたしは当然の切り返しをする。 「…そ、そか、そう言われると、…なんか救われるわ。」 そう言って、赤く染めた顔をわたしに向けながら 照れ笑いをする鈴谷。 …ホントに、どんだけ優しいのよ…鈴谷。 嫌いになるなんて…あり得ない…よね。 「…最近な、6年生の夏頃…かな。生えてきたんだ。」 突然喋る出す鈴谷。 「…え?な、何が…?」 「…い、いや、毛。」 …!!!突然の告白に、ビックリするわたし。 「…き、聞いてないよそんなこと!!!」 流石の私も恥ずかしくなって、咄嗟にそう鈴谷に叫ぶ。 「…そ、そうだよな…はは、何言ってんだろな俺…  すまん。」 そう言って恥ずかしそうに頭を掻きながら俯く鈴谷。 …鈴谷の方も実際突然の出来事で 結構動揺しちゃってたのかな…。 今のビックリ発言もきっとそのせいだよね…。 …しばし沈黙。 わたしも、きっと鈴谷も 何を話していいのか分からないんだろう。 2人でいられるのは嬉しい…けど 恥ずかしいし、沈黙は気まずい… 早く帰って来なさいよ隆…!!! 「…あ。」 その沈黙を破るかのように、鈴谷がそう声を漏らす。 「…え?」 聞き返すわたし。 「…あ、その…。  へ、返事…返事だけどさ…、もちょっと待ってくれな。」 「…へ、返事?」 その意味が最初分からず、さらに聞き返してしまうわたし。 「…いやだから…そのぉ…」 珍しく動揺している様子の鈴谷を見て ようやくその意味を理解するわたし。 「…あ、あ!あれね!!あのことね!  …うん全然!い、いつでもいいから!!!」 思わず取り乱してしまう。 このタイミングで… そんなこと言われるなんて思うわけないよ…。 「…す、すまんな。」 …また謝られちゃった。 そして少し間を空けてから 鈴谷はわたしにそっと話を始める。 「…俺さ、まだ人のことを好きとか、  そう言う気持ちがよく分からないんだ。  人として好きな奴なら一杯いるんだよ。  女の子男の子に関わらず、な。  今日ずっと一緒だった西島や山井だって好きだし  木下先生ももちろん好きだ。  それにきっと、石田のことだって。  …でも、その、それと恋愛としての好きの違いが  いまいちまだ分かんないんだよな…。  俺が異常なだけかもしれないんだけどさ…。  …だから、その、もちょっと待ってくれ。  もっといろいろ石田のこと知って、  俺自身ももっと成長してから  ちゃんとした答えを言いたいから…さ。」 そう言って恥ずかしそうにわたしに微笑む鈴谷。 その告白を聞いて、わたしは今日一日あったことを 走馬灯のように思い出していた。 鈴谷のおちんちんをどうにかして見ようと ただその気持ちだけで胸を満たして臨んだ、この裸祭り。 途中まではわたしの計画通りに進んで…でも アングルの考慮ミス、桃子の突然の乱入 芽生えた強烈な嫉妬心… 何もかもが わたしの思惑とは異なるように進行していく事態に わたしはどうしていいか分からなくなっていた。 …そんな気持ちのまま迎えた禊で起きた 最大のハプニング。 それを持ってしても消えることのなかった心のうやむやは 今ここで、故意に起きたハプニングによって 解消されつつあった。 目の前で見た鈴谷のおちんちん…そして 「すまん…。」と心配されたこと。 さらには「夏頃に生え始めた」と言う 桃子も絶対に知らないであろう情報の獲得。 …やっと桃子より優位に立てたことで 晴れて解消された心の闇… でも、最後に聞いた鈴谷の告白で そんな優越感は強烈な罪悪感によって 押しつぶされそうになっていた。 告白をして、鈴谷の返事をもらえなくて それならおちんちんを見ることで 嫌いになってしまおうと思っていたわたし。 きっと鈴谷はわたしのことなんて好きじゃなくて わたしの告白自体 もう忘れてしまっているんだろうって思ってた。 …でも、そんなことなかった。 鈴谷は、ちゃんとわたしの告白を覚えてくれていた。 しかも、わたしが思っていた以上に、深く そのことについて考えてくれていた。 …もしかしたら陰で、わたしの告白にどうやって答えようか 本気で悩んでいたのかもしれない。 わたしにはそんなこと気づかれないように 誰にも言えずに、1人で。 …そしてたった今言ってくれた一言 …「-もう少し待ってくれ。」 …まだ可能性が残ってた、嫌われてるわけじゃなかった。 その事実がもの凄く嬉しかったけど それ以上に、何より、子供過ぎた自分が本気で嫌になった。 大好きな鈴谷を、無理矢理嫌いになろうとしていた自分。 弟の隆までもを使って 鈴谷のおちんちんを見ようとしていた自分。 乾燥機の中に隠れて覗き見を試みた自分。 いろんな人に…鈴谷に 多大な迷惑をかけたに違いない自分。 …そんな自分に、何も知らずに優しく接してくれて しまいには「すまん。」と謝ってきてくれた鈴谷。 …情けない、情けないよ。 馬鹿みたい、わたしサイテー。 こんなわたし…神の天罰が下ればいい。 「…ごめん。」 わたしはもうどうしようもなくて 思わず口からは謝罪の言葉がこぼれていた。 「…え?な、なんでお前が謝るんだ?」 そんな鈴谷の優しさも、今はわたしの心を苦しめる。 油断をしたら、すぐに涙がこぼれそうなくらい 自分自身が恥ずかしかった。 …全部、今日あったこと 今日わたしがしてきたこと言っちゃえば 楽になるのかな…。 でも、そんなことしたら、絶対鈴谷に嫌われちゃう。 …今は、どうしても言えない。 「…ううん、なんでもない。  ありがと、分かった。返事待ってる。」 「…そか。うん、サンキュー。」 そう言ってその場は誤魔化してしまった。 …この罪悪感はきっと どんな鈴谷の言葉でも癒えることはないんだろう。 …そう、わたしが今日してきたことを 鈴谷に告白しない限りは。 …今はどうしてもそんなことが出来ない。 でもいつか、必ず鈴谷には自分の口で伝えようと思う。 …どんなに嫌われたとしても、言うべきだと思う。 だから、そのときのために、嫌われてしまったとしても それを許してもらえるほどの、優しい人に 鈴谷と釣り合うくらいのいい女になる努力をしようと… そう、思った。 「…持って来たよー!」 隆がバスタオルを持って、部屋に戻ってくる。 そのバスタオルを巻いた下敷きの上から巻き 中の下敷きをするりと解き、それを取り去る鈴谷。 「よし…んじゃー庭に戻るか!」 何事もなかったかのような笑顔で、そう言う鈴谷。 わたしはその言葉に、精一杯の作り笑顔で応える。 「…うん!」 肩を並べて 庭に向かってゆっくりと歩き始めるわたしたち。 …告白するだけなら誰にでも出来る。 それに、告白して振られたから 全てが終わりってわけじゃない。 振られたわけじゃないけど そう言う考えすらなかった自分を あまりにも浅はかだったと恥じよう。 それに、今日わたしがしたことは、いつか絶対に 鈴谷に話して謝る。 …その日のためにこれから もっといい女に、鈴谷以上に優しい女の子になれるように 精一杯の努力をしよう。 それが、祭りの神様への せめてもの償いになるはずだから。 肩を並べて歩く、大好きな鈴谷の横で わたしは、そんなことを思っていた。
- 佳奈エンド -
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